国際契約法務の要点――FIDICを題材として
第50回 第11章・紛争の予防及び解決(1)――総論(3)
京都大学特命教授 大 本 俊 彦
森・濱田松本法律事務所
弁護士 関 戸 麦
弁護士 高 橋 茜 莉
第50回 第11章・紛争の予防及び解決(1)――総論(3)
6 メニュー(選択肢)を広く把握する
法的紛争を解決するための選択肢は、複数あり得る。それを広く把握することは、最善の選択肢を見つけるための前提となる。広く把握するための視点としては、次のものが考えられる。なお、これ以外の視点も考え得るが、代表的なものとして紹介する。
⑴ 他の国での手続の可能性
国際的な紛争案件では、複数の国で管轄が認められ、手続を取り得ることは珍しくない。例えば、メインの仲裁手続は日本で行われるが、将来の強制執行・回収に備えた仮差押(preliminary attachment)が海外の裁判所で行えることは通常である。
仲裁条項や、専属的裁判管轄条項のように、他の紛争解決手続を排除する条項が契約書で定められている場合でも、これらの適用範囲は無限ではないため、その適用範囲外において、他の国での手続を取ることは考えられる。上記の仮差押のような保全手続は、一般に、仲裁条項や専属的裁判管轄条項によって妨げられないとされており、日本の仲裁法15条は、仲裁条項との関係でこの点を明示している。なお、日本の仲裁法は、UNCITRAL(国連の組織)のモデル法に基づき制定されており、国際的にみても一般的な内容である。
⑵ 和解のための手続
紛争解決手続というと、判決、仲裁判断等の強制的判断に向けた手続(訴訟、仲裁等)が想起しやすいものの、前回述べたとおり、2種類の着地点のもう一つの種類として、和解がある。和解に向けた調停(mediation)等の手続があり、この観点で選択肢を検討することが考えられる。
⑶ 保全手続
訴訟、仲裁等の最終的な決着を目的とする手続に加え、暫定的な決着を目的とする手続がある。これは緊急性に対応するものであるが、裁判所では、仮差押(preliminary attachment)、仮処分(preliminary injunction)といった手続が用意されている。仲裁機関では、緊急仲裁(emergency arbitrator)、暫定措置(interim measure)といった手続が用意されている。
これらの手続は、緊急性に対応するのみならず、結果として、和解による解決を促進することも少なくない。
⑷ 証拠収集手続
文書提出命令等の証拠収集手続は、裁判手続および仲裁手続が進行する中で用いることができるが、決定的な証拠の発見、相手方に対するプレッシャー等の、強いインパクトをもたらし得る。
さらに、裁判所では、証拠収集手続のみが独立して、行われることがある。日本でも存在する証拠保全手続は、証拠の保全および収集に特化した手続である。
特に米国では、セクション1782ディスカバリーという手続(米国法典タイトル28の1782条 (a) に基づくため、このように呼ばれる)が用意されており、他国での裁判手続および仲裁手続のためのディスカバリー(広範な証拠収集)が認められ得る。
これらの証拠収集手続も、留意に値する。
なお、このセクション1782ディスカバリーを国際仲裁手続のために利用することの可否ないし範囲については、米国連邦最高裁が近いうちに判断を示すとされており、注目されている。
⑸ 相殺、解除等の通知
これらは法的手続ではなく、単に通知を発するだけではあるが、状況を大きく変え得るものである。
相殺について言えば、支払を行わないことになるため、相手方が法的手続を提起する必要に迫られる。すなわち、相殺通知を発した側は現状が継続しても特に問題はないが、相手方は支払を受けられていないため、相殺の有効性を争い、支払を得るためには、法的手続を提起する必要がある。このように、いずれの当事者が法的手続を提起する必要があるかが、相殺通知によって入れ替わると言える。
解除通知は、契約が存在する状況を、契約が存在しない状況に変えるという通知であり、そのインパクトは絶大である。なお、これについても、状況を元に戻すためには、解除の効力を争う側が法的手続を提起する必要があることとなる。
このような通知も、重要な選択肢となり得る。