SH4083 シンガポール:シンガポール国際仲裁の最新動向2022(1) 青木 大(2022/08/01)

取引法務企業紛争・民事手続

シンガポール:シンガポール国際仲裁の最新動向2022(1)

長島・大野・常松法律事務所

弁護士 青 木   大

 

 本稿では2022年4月12日に公表されたSIACの2021年度年次報告をベースに、シンガポールにおける国際仲裁に関する近時の動向について説明する。

 

SIACにおける新件数の推移

 SIACの2021年における新件受任数は469件と、前年(2020年)の1080件から大幅に減少した。ただ一昨年(2019年)の数字(479件)と比べると同レベルであり、2020年の数字が異常値であった可能性はあるものの、総訴額(65億SGD)は一昨年(109.1億SGD)と比べても相当減少しており、平均訴額(2181万SGD)も昨年、一昨年より減少していることからすると、数字だけをみれば2021年は振るわなかった年といわざるを得ない。2020年は正にコロナ禍が始まった年であり、ビジネス上も種々混乱がみられたことが紛争案件の増加につながった可能性はあるが、2021年は非常事態がある意味常態化しつつあるなかで、企業としてもポストコロナを見据え、大きな紛争案件を開始することについて様子見していたというような状況もあったのかもしれない。いずれにせよ、SIACが紛争解決地としての魅力を失っているという評価は特段聞こえてきておらず、2019年の案件数の水準は概ね維持していることからすると、基本的にはサイクリカルな変動(あるいは2020年の急増の反動減)と捉えるのが適当であろう。

 

(新件受任数)
2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 2018 2019 2020 2021
188 235 259 222 271 343 452 402 479 1080 469

 

(新件の総訴額の推移(Billion SGD))
2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 2018 2019 2020 2021
1.32 3.61 6.06 5.04 6.23 17.13 5.44 9.65 10.91 11.25 6.5

 

(新件の平均訴額(Million SGD))
2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 2018 2019 2020 2021
7.03 15.36 24.44 23.65 23 55.63 19.34 32.84 41.81 25.51 21.81

 

国別新件数の推移

 シンガポールを除く国別新件数(申立人側・被申立人側の当事者の合計)では、1位インド、2位中国、3位香港となった。昨年はインド、米国が突出していたのに対し、今年は各国の数値が相当程度平準化されている印象である。その他は東南アジアを中心とする常連の他、ウクライナが8位にランクインしているのが目に留まる(なお、ウクライナの当事者は全て被申立人側のようである。)。

 日本の当事者が関係する案件は20件と、昨年からは半分以下に減少し、トップ10から脱落した。内訳としては、申立人側10件、被申立人側10件となっており、昨年が申立人側37件、被申立人側9件であったことと比べると、日本当事者側が仲裁のトリガーを引くケースが減少している。

 

(国別新件数の推移)
  2017 2018 2019 2020 2021
1 インド(176) 米国(109) インド(485) インド(690) インド(187)
2 中国(77) インド(103) フィリピン(122) 米国(545) 中国(94)
3 スイス(72) マレーシア(82) 中国(76) 中国(195) 香港(80)
4 米国(70) 中国(73) 米国(65) スイス(135) 米国(74)
5 ドイツ(68) インドネシア(62) ブルネイ(49) タイ(101) マレーシア(56)
6 香港(38) ケイマン諸島(53) UAE(49) インドネシア(85) ベトナム(55)
7 UAE(34) UAE(51) インドネシア(39)
タイ(39)
香港(60) 韓国(46)
8 インドネシア(32) 韓国(41) マレーシア(38) ベトナム(52) ウクライナ(39)
9 日本(27) 香港(38) 英国(34) 日本(46) UAE(34)
10 韓国(27) 日本(30) 香港(33) ケイマン諸島(42) インドネシア(33)
日本 27件 30件 26件 46件 20件

 

緊急仲裁(Emergency Arbitration)

 訴訟における仮差押・仮処分に対応する制度として、緊急仲裁人による緊急仲裁の制度がある。下記のとおり、緊急仲裁の申立件数は2021年において15件あり、(その年の新件数の多寡にかかわらず)近年横ばいが続いている。2021年において緊急仲裁が申し立てられたのは新規受件数のうち約3%であり、それほど活発な利用が図られているわけでは必ずしもない。

 

(緊急仲裁の申立件数)
2015 2016 2017 2018 2019 2020 2021
5件 6件 19件 12件 10件 20件 15件

 

簡易仲裁手続(Expedited Procedure)

 訴額が600万SGD(約4.8億円)以下の案件等、比較的少額かつシンプルな紛争について単独仲裁人の下、原則6ヶ月以内に仲裁判断が下されるという手続が簡易仲裁手続である。2021年は前年に比して、仲裁手続全体の新規受件数が減少しているにもかかわらず、簡易仲裁手続の申立件数は増加した。前述の総訴額・平均訴額の減少が影響している可能性があるほか、当事者としてもより迅速でコストが節減できる可能性がある簡易仲裁を選好するケースが増えてきている可能性がある。

 

(簡易仲裁の申立件数)
2015 2016 2017 2018 2019 2020 2021
69件
(27件認容)
70件
(28件認容)
107年
(55件認容)
59件
(32件認容)
61件
(32件認容)
88件
(37件認容)
93件
(26件認容)

(2)につづく

 


この他のアジア法務情報はこちらから

 

(あおき・ひろき)

2000年東京大学法学部、2004年ミシガン大学ロースクール(LL.M)卒業。2013年よりシンガポールを拠点とし、主に東南アジア、南アジアにおける国際仲裁・訴訟を含む紛争事案、不祥事事案、建設・プロジェクト案件、雇用問題その他アジア進出日系企業が直面する問題に関する相談案件に幅広く対応している。

長島・大野・常松法律事務所 http://www.noandt.com/

長島・大野・常松法律事務所は、約500名の弁護士が所属する日本有数の総合法律事務所です。企業法務におけるあらゆる分野のリーガルサービスをワンストップで提供し、国内案件及び国際案件の双方に豊富な経験と実績を有しています。

当事務所は、東京、ニューヨーク、シンガポール、バンコク、ホーチミン、ハノイ及び上海にオフィスを構えるほか、ジャカルタに現地デスクを設け、北京にも弁護士を派遣しています。また、東京オフィス内には、日本企業によるアジア地域への進出や業務展開を支援する「アジアプラクティスグループ(APG)」及び「中国プラクティスグループ(CPG)」が組織されています。当事務所は、国内外の拠点で執務する弁護士が緊密な連携を図り、更に現地の有力な法律事務所との提携及び協力関係も活かして、特定の国・地域に限定されない総合的なリーガルサービスを提供しています。

詳しくは、こちらをご覧ください。

タイトルとURLをコピーしました