SH4085 シンガポール:シンガポール国際仲裁の最新動向2022(2) 青木 大(2022/08/02)

取引法務企業紛争・民事手続

シンガポール:シンガポール国際仲裁の最新動向2022(2)

長島・大野・常松法律事務所

弁護士 青 木   大

(承前)

早期却下手続(Early Dismissal)

 早期却下手続については、①明らかに法的根拠を欠く、あるいは②明らかに仲裁廷の管轄外の事由に関する主張について、仲裁廷が早期却下手続として審議することを許可した場合、申立後60日以内に仲裁廷がこれらの主張を却下するかどうかを判断するというものであり、コモンロー圏のSummary Judgementに近い制度として2016年仲裁規則改正で導入された。2021年には10件の申立があり、2020年に比してその数は増えている。

 しかし、認容例(すなわち申立に基づいて相手方主張が早期却下された例)は少なく、当事者としてはこの制度に基づいて相手方主張の早期却下を求めることには未だ躊躇が感じられるところがある。活発な利用が図られるためにはもう少し制度的工夫も必要であろう。

 

(早期却下手続の申立件数)

2017 2018 2019 2020 2021
5件申立
4件許可
(認容数は不明)
17件申立
6件許可
(うち3件が認容)
8件申立
5件許可
(うち1件のみ認容)
5件申立
2件許可
(うちいずれも棄却)
10件申立
3件許可
(1件棄却、 2件は未決)

 

最後に

 2021年は、SIACにおける仲裁案件の増加傾向は一段落したが、減少に転じたという明らかな兆候までは見られず、引き続き世界各国の多くのユーザーに利用されている。上述の近時導入された制度については、簡易仲裁は一定の利用者を獲得しているものの、緊急仲裁及び早期却下手続については利用状況が必ずしも芳しくない。今後、より迅速・低廉な紛争解決の実現に向けたイノベーティブな新制度の導入も期待される。

 なお香港の仲裁機関HKIACの2021年の新規受件数は514件であり、2020年の318件から大幅増加している。2021年のQueens Mary大学の調査で魅力的な仲裁地・仲裁機関の順位をSIACに抜かれたことからの巻き返しが図られる可能性もあるが、中国に関連する事案が取扱事案の多くを占めるようであり、今後もグローバルにユーザーをひきつけることができるかについては課題もあろう。

 なお、中国と香港間の取決めにより、中国の裁判所は、HKIAC仲裁に関連する事案について、仮差押・仮処分を下すことができる(SIACその他の中国国外の仲裁機関に関連する事案については同様の取扱はなされていない。)。従ってこの点に関しては、中国国外当事者が中国当事者と仲裁合意を締結する場合に、HKIACとしておくことに一定のメリットがある。当該取決めが成立した2019年10月1日以降、2021年9月14日時点で、50件の仮差押・仮処分申立(そのうち47件が仮差押)が中国の裁判所になされ、そのうち23件の請求が認容されているとのことである。中国裁判所が判断を下す期間は平均で申立から8日であり、紛争が目前に迫り、中国当事者の財産保全が喫緊の課題となる海外当事者にとっては有用なツールとなっている。

 前述のとおり、SIACにおける緊急仲裁は活発な利用が図られているとは必ずしもいえないが、このような中国裁判所における状況をみると、更なる活用拡大の余地はあり得る。申立から約1週間程度で判断が下され、しかも約半分の請求が認容されるというのは申立人側の立場からみると大変使い勝手がよい制度に映る。SIACにおける緊急仲裁は早くとも2週間程度はかかり、認容件数は公表されていないが、緊急仲裁における仮差押・仮処分の認定の基準は必ずしも明確ではなく、認容のハードルも低くない。もう少し緊急仲裁の使い勝手の良さがユーザーにみえるようになってくることに今後期待したい。

 日本においても仲裁廷による緊急保全措置に関連する仲裁法の改正が控えているが、日本の仲裁機関においても、緊急保全措置の使い勝手のよさを強くアピールすることができれば、ユーザーの拡大に資するのではないだろうか。

以 上

 


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(あおき・ひろき)

2000年東京大学法学部、2004年ミシガン大学ロースクール(LL.M)卒業。2013年よりシンガポールを拠点とし、主に東南アジア、南アジアにおける国際仲裁・訴訟を含む紛争事案、不祥事事案、建設・プロジェクト案件、雇用問題その他アジア進出日系企業が直面する問題に関する相談案件に幅広く対応している。

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