ベトナム:改訂された最低賃金の適用範囲と7%ルールの廃止
長島・大野・常松法律事務所
弁護士 澤 山 啓 伍
ベトナム弁護士 Hoai Truong
ベトナム政府は、2008年以降、毎年年末近くに翌年の1月1日から適用される地域別最低賃金を定める政令を公布していたが、新型コロナウイルス感染症の蔓延による影響をうけ、2020年及び2021年末には地域別最低賃金を改訂する政令が発行されず、2020年1月に施行された最低賃金がそのまま維持されていた。
ところが、本年6月12日になって、新たな地域別最低賃金を定める政令第38/2022/NÐ-CP号(以下「政令38号」という。)が公布され、2022年7月1日に施行された。また、労働・傷病兵・社会省及びベトナム労働総同盟は、6月17日に、同政令のガイダンスとして、公文書第2086/BLĐTBXH-TLĐLĐVN号(以下「公文書2086号」という。)を公布した。本稿では、その主要な内容及び留意点を紹介する。
1 地域別の月額最低賃金の金額
政令38号は、新たな地域別の月額最低賃金を以下のように定めている。
第1地域 | 第2地域 | 第3地域 | 第4地域 | |
月額最低賃金(VND) | 4,680,000 | 4,160,000 | 3,640,000 | 3,250,000 |
改訂前比上昇率(VNDベース) | 5.9% | 6.1% | 6.1% | 5.9% |
2 地域別の時間当たりの最低賃金の導入及びその金額
政令38号は、初めて時間当たりの最低賃金を導入し、以下のとおり定めている。
第1地域 | 第2地域 | 第3地域 | 第4地域 | |
時間当たりの最低賃金(VND) | 22,500 | 20,000 | 17,500 | 15,600 |
元来、最低賃金は、2012年労働法では「月・日・時間当たり」で規定されるものとされ、現行の2019年労働法では「月・時間当たり」で規定されるものとされている(91条1項)。しかし、これまで、政府は月額の最低賃金だけを定め、時間当たりの最低賃金については定めてこなかった。今回、現行法の施行から約1年半を経てようやく法律が求める形で最低賃金が定められたことになる。
政令38号では、月額最低賃金と時間当たりの最低賃金の使い分けの方法として、以下のように定めている。
賃金の支払形態 | 適用される最低賃金 |
月給 | 月額最低賃金を適用 |
週給 | ①支給された賃金を、使用者の選択に基づき、月給又は時給に換算する。 ②-1:月給に換算した場合、換算後の賃金に月額最低賃金を適用。 ②-2:時給に換算した場合、換算後の賃金に時間当たりの最低賃金を適用。 |
日給 | |
出来高又は歩合に応じた賃金 | |
時給 | 時間当たりの最低賃金を適用 |
上記の月額最低賃金と時間当たり最低賃金を比較すると、おおむね月額最低賃金は時間当たり最低賃金の208倍になっているので、月26日かつ1日8時間での勤務が標準とされている。
他方、パートタイムで働く労働者に月額で給与を支払っている場合に、月額最低賃金がどのような形で適用されるかは、従前から明確でなく、上記ルールでも明確になっていないように思われる。
3 7%ルールの廃止?
以前の最低賃金を定める政令では、地域別の月額最低賃金を定めた上で、「職業訓練コースに合格した労働者」のレベルが要求される業務を行う労働者には、定められた最低賃金の7%以上の賃金を支払わなければならないルールが定められていた(「7%ルール」と呼ばれている。)(直近のものであれば政令第90/2019/NĐ-CP第5条1項b号)。これについては、硬直的すぎる規制であるとして従前から各国商工会が廃止を要望していたところである。
今回の政令38号ではこのルールが規定されていない。この変更は、使用者が自ら賃金等級、賃金表を含む賃金に関する政策を決定することができ、政府がそれに干渉しないという、共産党中央執行委員会の賃金政策の改正に関する決議第27-NQ/TW号(2018年に公布)及び労働法93条の方針に対応するためと説明されている。
しかしながら、7%ルールの廃止に関し、一定の資格や訓練を経た労働者に不利益を与えるという懸念も労働組合等から表明されており、そのような意見に配慮してか、政令38号第5条第3項及び公文書第2086号第1.1.b条では、「7%ルールを含め、労働契約、集団労働協約又はその他の適法な協約で合意され、実施されている労働者に有益な内容については、労使間に別段の合意がある場合を除き、引き続き実施される必要がある」とされている。もちろん、個々の労働者の賃金は労働契約で定められているので、(当該労働者の同意なく)それを一方的に引き下げることはできないし、使用者が定めた賃金テーブルで「職業訓練コースに合格した労働者」のレベルが要求される業務を行う労働者に対して定められた賃金水準を引き下げるには、賃金テーブルの改訂手続きが必要となるのは当然のことである。上記はこういった当然のことを言っているに過ぎないように思われる。
また、社会保険に関する2017年4月14日付決定第595/QĐ-BHXH号第6条第2.6項にも7%ルールが定められている。この決定が現時点でも依然有効であるので、実際のところ、7%ルールは継続して適用されなければならないという考え方も流布している。しかしながら、この条項は、社会保険料の計算根拠としての月額給与がどのように設定されるかを定めるものであり、最低賃金の適用方法を定める規定ではない。したがって、少なくとも社会保険料の計算上は7%ルールを適用していれば、実際に労働者に支払う給与が7%ルールを遵守していなくても、同決定の違反とはならないという考え方もできるように思われる。いずれにせよ、この規定は政令38号で示された最新の政策方針に一致しない古い内容が残っている状態なので、早晩廃止されることが期待される。
以 上
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(さわやま・けいご)
2004年 東京大学法学部卒業。 2005年 弁護士登録(第一東京弁護士会)。 2011年 Harvard Law School卒業(LL.M.)。 2011年~2014年3月 アレンズ法律事務所ハノイオフィスに出向。 2014年5月~2015年3月 長島・大野・常松法律事務所 シンガポール・オフィス勤務 2015年4月~ 長島・大野・常松法律事務所ハノイ・オフィス代表。
現在はベトナム・ハノイを拠点とし、ベトナム・フィリピンを中心とする東南アジア各国への日系企業の事業進出や現地企業の買収、既進出企業の現地でのオペレーションに伴う法務アドバイスを行っている。
(Hoai・Truong)
2013年Hanoi Law University及び名古屋大学日本法教育研究センター(ハノイ)卒業後、2019年に名古屋大学大学院法学研究科にて法学博士号を取得。翌年ベトナム弁護士資格を取得し、長島・大野・常松法律事務所ハノイオフィスに入所。日越双方の法律に関する知識を活かして、ベトナムで事業活動を行う日本企業へのベトナム法のアドバイスを行っている。
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