◇SH1827◇シンガポール:シンガポール競争法の改正 松本岳人(2018/05/11)

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シンガポール:シンガポール競争法の改正

長島・大野・常松法律事務所

弁護士 松 本 岳 人

 

 2018年3月19日、シンガポールの国会においてシンガポール競争法(Competition Act)の改正法案が可決された。シンガポール競争法は2004年に成立した法律であるが、今般の改正では、シンガポールの競争法の執行機関である競争・消費者委員会(Competition and Consumer Commission of Singapore。以下「CCCS」という。)の実務経験を踏まえた上で、国際的な競争法の枠組みも意識した改正がなされている。そこで、本稿では競争法の改正概要について紹介することとする。

 今般の競争法の改正の目的は主に次の3つである。

 (1) 競争制限的協定及び支配的地位の濫用事例におけるCCCSとの確約手続の導入

 (2) 企業結合の事前相談制度の法制化

 (3) CCCSの調査時の質問権の明確化

 以下、各項目について概説する。

 

(1) 競争制限的協定及び支配的地位の濫用事例におけるCCCSとの確約手続の導入

 確約手続(Commitments)とは、競争法違反の捜査等の対象となった嫌疑のある事業者が一定の是正措置等をCCCSに対して約束することにより、競争法違反の決定前に合意により事件処理を行う仕組みである。欧州連合(EU)の競争法などでも同様の仕組みが導入されており、日本の私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独占禁止法」という。)でも、環太平洋パートナーシップ協定の締結に伴う関係法律の整備に関する法律に基づく独占禁止法の改正として導入が予定されている仕組みと類似の制度である。

 シンガポール競争法においては企業結合規制との関係では既に確約手続が導入されていたものの、今般の改正により、競争制限的協定規制及び支配的地位の濫用規制との関係でも事業者とCCCSが法的拘束力のある確約をすることができるよう手続の対象範囲が拡大された。

 

(2) 企業結合の事前相談制度の法制化

 シンガポール競争法では、シンガポール国内市場における競争を実質的に減少又は減少させるおそれのある企業結合は禁止されている。他方で、企業結合の実施に当たり、任意にCCCSに対して届け出て、禁止される企業結合に該当しないことの確認を受ける仕組みは存在するものの、日本の独占禁止法のように、一定の企業結合について事前の届出を義務づける規制までは設けられていない。そのため、公表を望まない事業者としては、競争を実質的に減少又は減少させるおそれのある企業結合かどうかをCCCSとの間で非公表のまま事前に相談することが実務上行われている。事前相談において、CCCSから企業結合規制に違反しない又は違反する可能性が低い旨の助言を得られれば、かかるCCCSからの助言に法的な拘束力はないものの、後日企業結合規制違反を問われるリスクを事実上回避又は軽減することができると考えられている。

 かかる事前相談の手続についてはCCCSから公表されているガイドライン(CCS Guidelines on Merger Procedures 2012)にも記載されており、今般の改正はかかるガイドラインに基づいて実施されていた事前相談を法制化するものである。その意味で実務的な影響は少ないと考えられるが、制度としての位置づけが明確となった。

 

(3) CCCSの調査立入り時の質問権の明確化

 シンガポール競争法において、CCCSは一定の要件の下で競争法違反の調査のために事業者の事務所建物などに立ち入る権限が認められている。かかる立入りの際に建物に居合わせた占有者は、差押え対象の書類について説明するなどの調査への協力義務を負うことになる。もっとも、改正前の法令では、その範囲を超えてCCCSが当該占有者に調査事項に関する一般的な質問をする権限までは規定されておらず、当該質問をするための法的な手続としては、質問相手となる個人ごとに事前に書面により調査事項等の通知する必要があると考えられていた。

 かかる制限はCCCSの調査の効率性を損なっていると判断され、今般の改正では、調査による立入り先の占有者に対して口頭で調査に関する事実や状況について質問をすることができる旨の規定が追加された。質問の対象は調査事項及び調査の目的の範囲に限られるため、かかる改正はCCCSの調査権限を拡大するものではなく、単に調査実務との乖離を埋めるものであると説明されているものの、事業者としては調査時の対応の負担が増加する可能性がある。

 

 2018年3月23日付けのアジア法務情報掲載記事(◇SH1721◇シンガポール:日系企業への国際カルテルに係る新たな競争法違反決定 長谷川良和)でも紹介されているとおり、CCCSは競争法違反に対する積極的な執行措置の意向を示しており、また過去のシンガポールにおける国際カルテル事案では全て日本企業が対象に含まれていることもあり、シンガポールにおける競争法規制対応には最新の法令内容を踏まえた十分な備えが必要となろう。

 

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