◇SH1895◇中国:中国の監察法について 川合正倫(2018/06/08)

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中国の監察法について

長島・大野・常松法律事務所

弁護士 川 合 正 倫

 

 2018年3月11日に、中国第13期全国人民代表大会(全人代、日本の国会に相当)第1回会議において憲法改正案が可決された。この憲法改正のポイントの一つとして、全公職者の汚職を取り締まる「監察委員会」を国家機構として追記し、これにより、人民代表大会の下で「一府一委二院」[1]という権力構造が確立された。また、3月20日には「中華人民共和国監察法」(以下「監察法」という)が可決され、同日から施行された。その後、同月23日に、国家監察委員会の発足除幕式が行われ、全中国に各レベルの監察委員会が設置された。

 本稿では、監察法の主なポイントについて紹介したい。なお、本稿は日本長島・大野・常松律師事務所駐上海代表処の顧問李紅氏の協力のもとに作成している。

 

1. 監察委員会の位置付け

 監察委員会は、公権力を行使するあらゆる公職人員に対し監査を行い、職務違法行為及び職務犯罪を取り調べ、廉潔建設及び反腐敗の作業を展開するとされている(「監察法」3条)。これまで中国の反腐敗機能は、主に共産党の紀律検査委員会及び検察機関が担当してきた。今回新設された国家監察委員会は、監察部門[2]や検察機関内に分散して設けられていた公務員の腐敗防止、横領賄賂、汚職、職務犯罪及び規律違反等を取り締まる複数の行政部門を統合し、共産党の中央紀律検査委員会とともに規律検査及び監察の機能を担うこととなる。これにより、共産党による内部監督と国家機構による監督、即ち共産党の規律検査と国家監察が統合され、反腐敗の機能は、全て共産党の指導の下で紀律検査委員会と監察委員会に集約されることになる。

 監察法では、監察システムとして、国レベルの最高監察機関として国家監察委員会が設置されるほか、全国の省(自治区、直轄市、自治州)、市、県等各行政レベルに下部組織の監察委員会が設置される(「監察法」7条)。監察委員会は、独立で監察権を行使し、行政機関、社会団体及び個人の干渉を受けることはなく、また、職務違法行為や職務犯罪案件を取り扱う際に、審判機関、検察機関及び法の執行部門と協力しながら、相互に制約する政治機関と位置づけられている(「監察法」4条1項、2項)。

 

2. 監察の対象者

 監察法実施以前の行政監察の対象は、行政機関及びその公務員並びに行政機関が任命する他の人員に限定されていたが、監察法では、公権力を行使するあらゆる公職者を監察の対象にした。具体的には、以下の者を含む(「監察法」15条)。

  1. ① 中国共産党機関、人民代表大会及びその常務委員会機関、人民政府、監察委員会、人民法院、人民検察院、中国人民政治協商会議各レベルの委員会機関、民主党派機関及び工商業連合機関の公務員、「中華人民共和国公務員法」により管理される人員
  2. ② 法令の授権又は国家機関の委託を受けて、公共事務を管理する組織において公務に従事する人員
  3. ③ 国有企業の管理人員
  4. ④ 公立の教育、科学研究、文化、医療衛生、体育等の機関の管理に従事する人員
  5. ⑤ 基層の住民自治組織の管理に従事する人員
  6. ⑥ その他の法に従い公職を履行する人員

 

3. 監察機関の権限

 監察法により、監察機関は、監察対象に尋問を行うことや証人等の人員に質問を行うことができ、必要に応じて、案件に関係する会社及び個人の預金、送金、債権、株券、ファンド持分等の財産の調査や凍結をすることもできる(「監察法」19条、20条、21条、23条)。また、監察機関は、捜査権限も有し、違法犯罪の疑いのある財物、文書及び電子データ等の情報について、調査、閉鎖及び差し押さえることができる(「監察法」25条)。なお、調査対象者及び関連人員が国外に逃亡することを防止するために、省レベルの監察機関の承認を得て、出国制限措置を講じることができ、公安機関が執行するものとされている(「監察法」30条)。

 監査権限のうち、最も注目されるのは留置[3]である。監察法では、調査対象者に横領賄賂や汚職等厳重な職務違法又は職務犯罪の疑いがあり、監察機関が、その一部の違法犯罪の事実及び証拠を把握しているが、更なる調査が必要で、かつ次のいずれかに当たる場合には、監察機関は、調査対象者を特定の場所に最大6か月間「留置」することができるとされている(「監察法」22条、43条2項)。

  1. ① 案件が重大、複雑の場合
  2. ② 逃亡又は自殺のおそれがある場合
  3. ③ 供述の口裏合わせ、又は証拠を偽造、隠匿、隠滅するおそれがある場合
  4. ④ その他の調査を妨害する可能性がある場合

 留置を実施する場合、24時間以内に留置される者の会社及び家族に知らせなければならないが、証拠の隠滅又は偽造、証人妨害等、調査に障害が生じる可能性がある場合は、この限りではなく、当該事由がなくなってから通知することとされている(「監察法」44条)。

 また、監察法の適用対象は、主として公職者が想定されているものの、賄賂犯罪又は公職者と共犯の疑いがある者については、公職者でなくても、留置を実施することができるとされている(「監察法」22条2項)点は注意が必要である。

 さらに、監察機関が調査過程で講じうる措置は多岐に渡り、公安機関や検察機関による捜査権に類似するものとも考えられるが、これらは、刑事訴訟法に基づく手続ではなく監察法に基づく措置であるため、監察機関が案件を検察機関に移送するまでの間、調査対象者は、刑事訴訟法33条[4]に基づき弁護人に委託することができない、と考えられている。

 

4. 監察結果の処置

 監察機関は、その監督や調査結果に基づき、法により次の処置を講じることができる(「監察法」45条)。

  1. ① 職務違法行為があるものの情状が比較的軽い公職者に対して、注意喚起、批判教育、反省を命じ、又は訓戒する。
  2. ② 違法公職者に対し、警告、過失記録、降級、免職、除名等の処分を行う。
  3. ③ 職責を履行せず又は正しく履行しないことに責任を負う指導者に対し、直接問責決定を行い、又は問責権限のある機関に対し問責提案を提出する。
  4. ④ 職務犯罪の疑いのある者に対し、起訴意見書を含め案件資料や証拠を併せて検察機関に移送し、検察機関が審査の上、公訴提起する。
  5. ⑤ 監察対象者が在籍の組織内の廉潔関連問題について、改善意見を提出する。

 

5. まとめ

 監察法は、あらゆる公職者の汚職取り締まりに関する法律であり、その適用対象者は、公職者であるため、一般の会社や個人と関係がないように捉えられることがある。しかしながら、同法によると、監察機関が協力が必要と考える場合、関連する機関及び会社は、監察機関の要求に従い協力する義務があり、監察機関が監督、調査の職権を行使する際に、関連する会社及び個人に対し聞き取り調査、証拠収集、取り調べを行うことができ、関連する会社及び個人は、事実どおりに提供する等の義務を負う(「監察法」4条、18条)。このように、一般の会社や個人であっても、監察機関の要求に応じる必要がある場面もあるため、中国の反腐敗運動が続くなか、同法の実務の運用を見守ることが重要であろう。

以上



[1] 「一府」とは、行政機関である人民政府を、「一委」とは、監察機関である監察委員会を、「二院」とは、審判機関である人民法院(裁判所)及び検察機関である人民検察院(検察庁)を指す。これらの機関は、人民代表大会により創設され、同会に対し責任を負い、その監督を受ける。

[2] 監察部門は、「行政監察法」(廃止済み)に基づき設立され、共産党の組織である紀律検査委員会と共同執務する行政組織を指すが規律検査委員会と監察部門は、実質的には一つの組織である。

[3] 留置は、もともとの「双規」という措置に代わるものである。「双規」は、共産党の紀律検察機関が、共産党員の関連規律違反案件を調査する際に講じる措置であり、対象者に対して、規定の時間内に規定の場所で、調査事項について説明をさせること。

[4] 刑事訴訟法33条1項:被疑者は、捜査機関が第1回取り調べ又は強制措置を行った日から、弁護人に委託する権利を有する。捜査期間中は、弁護士に対してのみ弁護人となることを委託することができる。被告人は、随時弁護人に委託する権利を有する。

 

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