タイ:タイ証券取引委員会(SEC)による上場会社の私募による株式発行手続の改正(下)
長島・大野・常松法律事務所
弁護士 今 野 庸 介
5 重要なケースについてIFA(独立した財務アドバイザー)の意見の提供
既述のとおり今回の改正によりSECによる承認が不要になったが、他方で、私募による株式発行に関する株主総会による決議に先立って、上場会社の株主の権利及び利益を保護する観点から、株主の権利及び利益に影響を及ぼす一定の可能性がある場合には、IFAが作成した意見書を株主に対して提供することが必要になった。より具体的には、私募による株式発行が大要以下のいずれかに該当する場合(「重要なケース」という。)、上場会社は、IFA[1]を選任した上で、当該IFAが作成した報告書を株主総会に提供する必要がある。
- 私募による株式の募集価格が「市場価格」よりも低い場合。
- 当該私募がEPS(Earnings Per Share)(1株当たりの利益)又は支配権について25%を超える影響を有するものである場合[2]。
- 私募により株式を取得する者が、当該上場会社の議決権を有するもののうち「上位の者」になる場合(なお、当該計算上、関係者の保有株式を含める。)[3]。
また、IFAの意見の範囲・対象としては、①私募の対象となる株式の価格及び条件の適切性、②投資家に対して当該私募により株式を発行することの妥当性及びメリット(私募による株式の希薄化等の影響との比較や資金の使途を含む。)、③上場会社の株主が私募に係る提案を承認すべきか否かについての意見に加え、その理由を含むものでなければならない。
6 ライト・オファリング(RO)[4]又はプレファレンシャル・パブリック・オファリング(PPO)[5]に係る未引受株式を私募に割り当てることの許容
現行の規制において、上場会社は、ライト・オファリング(RO)における未引受株式を私募において募集することが認められているが、当該未引受株式にはプレファレンシャル・パブリック・オファリング(PPO)における未引受株式は含まれていない。今回の改正では、PPOにおける未引受株式を私募の対象とすることを許容した上で、投資家保護を十分に維持しつつ、民間部門に資金調達の柔軟性を与えることになった。より具体的には、RO又はPPOにおける未引受株式を、以下の基準の全てを遵守する場合には、当該私募において提供することができる旨が規定された。
- 私募により募集する株式は、既存株主が保有株式数に応じて取得できる株式を超えて追加株式を引き受ける権利を行使した後の残りの未引受株式であること。
- 私募の募集価格が募集時点の「市場価格」を下回らないこと。
- 私募の募集価格がRO又はPPOの募集価格より低くなる場合がある旨が株主総会招集通知において明確に開示及び明示されていること。
- RO又はPPOがなされた日から12か月以内に私募が実施されること。
なお、上記 i.の要件について補足すると、ライト・オファリング(RO)及びプレファレンシャル・パブリック・オファリング(PPO)のスキームの一環として、会社の既存株主に対して、保有株式数に応じて取得できる権利を超えて追加株式を引き受ける権利を付与することができる。当該スキームは、上場会社が一般的に採用しているものであり、上記 i.の要件は、当該スキームを採用した上での残存株式であることを要求している。
7 市場価格の定義の統一
他の種類の募集との整合性を図る目的で、募集の種類によって基準が異なるために一貫性がなかった「市場価格」(Market Price)の定義を、今回の改正により同一の定義として、明確性と実用性の向上が図られた。
以 上
[1] 選任されるIFAは、SECが提供するIFAのリストに掲載されていなければならず、SECは当該リストをインターネット上で公開している。なお、上場会社が既にIFAを選任した上で、例えば、資産の取得若しくは処分又は公開買付の適用の免除(Whitewash)に関する規制を遵守している場合、当該上場会社は当該IFAを利用して、私募に係る意見を提出することができる(言い換えると、新たに別のIFAを選任する必要はないといえる。)。
[2] 大要、当該私募に係る取締役会の決定の日の前日の当該会社の発行済株式に対する私募により新規発行株式の割合を求めることで算出される。
[3] なお、議決権を有する「上位の者」に該当するかについての閾値又は基準はSECにより具体化されておらず、明確化が望まれるところである。
[4] 「SH4588 タイ:タイ証券取引委員会(SEC)による上場会社の私募による株式発行手続の改正(上) 今野庸介(2023/08/16)」の注[2]を参照。
[5] 「SH4588 タイ:タイ証券取引委員会(SEC)による上場会社の私募による株式発行手続の改正(上) 今野庸介(2023/08/16)」の注[2]を参照。
(こんの・ようすけ)
2014年に長島・大野・常松法律事務所に入所。入所以降、ファイナンス案件を中心に国内外の企業法務全般に従事。2020年にミシガン大学ロースクール(LL.M.)修了。2022年8月よりバンコクオフィスに勤務。現在は、在タイ日系企業の一般企業法務等も含め、幅広く企業法務に関与している。
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