◇SH2871◇シンガポール:紛争解決関連法制の改正動向(下) 青木 大(2019/11/06)

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シンガポール:紛争解決関連法制の改正動向(下)

長島・大野・常松法律事務所

弁護士 青 木   大

 

 本稿では、前回に引き続き近時のシンガポールにおける紛争解決に関連する法制の改正動向をお伝えする。

 

1. 国際仲裁法(International Arbitration Act)の改正

 現在、国際仲裁法の改正案が政府において検討されている。

 改正案においては、①当事者が合意した場合、仲裁判断における法的論点についてシンガポール高裁への上訴を可能とする制度が提案されている。このような制度はUNCITRALモデル法では想定されていないものの、英国仲裁法等において存在する制度である。

 上訴の可能性がないことが仲裁の一つのメリットとして挙げられることもあるが、一発勝負に不安を感じる当事者にとっては、あくまで当事者合意に基づき、上訴という選択肢が増えること自体は望ましい改正ということになろう。ただし上訴対象はあくまで法的論点に限られ、事実の争いについて上訴することは当事者合意をもってしても認められない。

 また、②国際仲裁法における仲裁判断取消事由を当事者合意で制限することを可能とする提案も掲げられている。ただし、取消事案で頻繁に問題とされる「公序」違反(UNCITRALモデル法34条(2)(b))等については制限の対象から除外されることが示唆されている。他方で近時、取消事由として主張されることが多い「仲裁廷の管轄権逸脱」の主張については制限の対象となり得るため、これは今後の仲裁合意条項の検討にあたり考慮に入れておきたい改正といえよう。

 その他に掲げられている改正案は以下の通りである。

  1. ③ 申立人・被申立人がそれぞれ複数の場合の仲裁人の選定方法
  2.    現行法では当事者がそれぞれ単独の場合における仲裁人の選定方法の規定しか存しないところ、改正案においては、申立人・被申立人がそれぞれ複数の場合の仲裁人選定方法を明記することとしている。具体的には、申立人間で共同して1名、被申立人間で共同して1名の仲裁人をそれぞれ指名することとされ、これらの合意が申立人間又は被申立人間で30日以内に成立しない場合には、法が規定する仲裁人選定機関(SIACのPresident)がこれを選定することとなる。
     
  3. ④ 管轄に関する問題の早期決定
  4.    管轄に関する問題については、現行法においては、仲裁手続のいかなる段階においても仲裁廷が決定できると規定されているだけであったが、改正案では、仲裁手続の初期の段階でこれをまず争うことに当事者が合意できることを明記することとしている。
     
  5. ⑤ 仲裁における守秘義務遵守の強化
  6.    秘密性は仲裁の基本的な特性ではあるが、現行法上は特段の言及がなく、具体的な守秘義務はコモンローや当事者が合意する仲裁規則等に委ねられている状況であった。改正法においては、これらのコモンローや当事者合意に基づく守秘義務の履行を、仲裁廷や裁判所が当事者に対して命じることができる権限を有することを明記するという提案がなされている。

 

2. 条件付弁護士報酬(Conditional Fee Arrangement)の解禁

 条件付弁護士報酬の解禁の是非も議論されている。「条件付弁護士報酬(Conditional Fee Arrangement)」とは、勝訴の場合に通常の弁護士報酬に追加した報酬を支払うことを約することを指し、業務量の多寡を問わず勝訴の場合に損害額の一定の割合の成功報酬を支払うことを約する「Contingency Fee Arrangement」とは異なるものである。このようなアレンジは、元々英国法上制限されていたが、現在英国ではそのような制限は撤廃されている。政府提案においては、条件付弁護士報酬の解禁は一定の事件(仲裁、一定の国際商事裁判所における事案及び調停事案)にのみ適用され、また弁護士はかかるアレンジについて適切に当事者に説明を行うこと、仲裁・裁判手続上での開示義務が課されること等が示されている。

 2017年の法改正において、第三者が仲裁費用を肩代わりすることを可能とする「Third Party Funding」がシンガポール法上も有効とされた。今回の「Conditional Fee Arrangement」の解禁も、シンガポールが国際紛争解決のハブを目指す上で、当事者の柔軟かつ多様な紛争解決資金の用立て方法を認めていこうとするものといえる。

以上

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