◇SH2937◇ベトナム:ベトナムの裁判制度及び判例の紹介(3・完) 澤山啓伍/小谷磨衣(2019/12/17)

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ベトナム:ベトナムの裁判制度及び判例の紹介(3・完)

長島・大野・常松法律事務所

弁護士 澤 山 啓 伍

弁護士 小 谷 磨 衣

 

(承前)

3.判例の紹介

 以下では一例として、企業間紛争に関する判例のひとつ(21/2018/AL)を簡単に紹介する。なお、第一審、控訴審及び監督審の判断自体で公開されているものは見当たらず、監督審の判断を要約した形で公布されている判例から把握できる限度での解説となることをご海容いただきたい。

 

(1) 事案の概要

日時

事象

2006年4月10日

有限会社A(「原告A社」)及び株式会社B(「被告B社」)は、原告A社が被告B社に船舶を貸与する賃貸借契約(「本件賃貸借契約」)及び関連契約を締結した。本件賃貸借契約において終期は2006年12月31日とされた。

2006年8月17日

被告B社は、原告A社に対し、2006年8月20日に本件賃貸借契約を終了する旨書面で通知した。原告A社は、翌日に、本件賃貸借契約終了日までの賃料を支払うよう求めた。

2007年3月18日

原告A社は、403,000,000VND(被告B社が支払に応じなかった2006年8月22日以降本件賃貸借契約終了日までの賃料に相当する)及び遅延損害金の支払を求め訴訟を提起した。

 

(2) 第一審(01/2012/KDTM-ST:2012年1月18日)

 クアンニン省人民裁判所は、①本件賃貸借契約に基づく船舶の貸与が履行されていない部分の賃料の支払を求める根拠がない、②原告A社は損害賠償請求権の行使を主張していないから審理しない、として原告A社の請求を棄却した。

 

(3) 控訴審(87/2012/KDTMPT-QD:2012年5月17日)

 最高人民裁判所控訴審法廷(ハノイ)は、控訴期間(第一審裁判所の判決言い渡しの日から15日)の徒過を理由として原告A社の控訴を却下した。

 

(4) 監督審(08/2016/KDTM-GDT:2016年5月20日)

 最高人民裁判所は、第一審及び控訴審の判決を破棄し審理を第一審に差し戻した。判例として制定された裁判所意見部分の概要は以下のとおりである。

 「本件賃貸借契約は2006年4月10日から同年12月31日までの期間で効力を有する。本件賃貸借契約において契約終了に係る条項は定められていないが、被告B社は目的物を賃借する必要がなくなったという理由で契約終了の効果発生を求める日(2006年8月20日)の3日前(2006年8月17日)に書面による通知を行った。当該期間は、原告A社が代替の契約先を見つけるには不十分に短く、被告B社は原告A社が被った損害を賠償する責任を負い、その額は、契約の残余期間の賃料に相当する。」

 

(5) 評価

 まず、判決の内容以前に目を引くのは、当該事案の審理期間が非常に長期に及んでいることである。本件はさほど複雑な事件ではないように見受けられるが、それでも訴え提起から第一審の判決が出るまでに4年10か月、判決に対する異議申立がなされてから監督審の判断が出るまで4年の期間を要している。ベトナム国内の裁判は、裁判所の処理能力に比して事件数が多い民事事件の審理が迅速に行われず特に長期化する傾向にあるといわれているところ、本件もその顕著な例といえよう。

 判決の内容についても判例として公表されている内容から理解できる範囲では不明確な点が多い。監督審は、本件は商法302条及び303条、旧民法426条(2015年改正民法の428条が対応する。)の損害賠償の規定が適用される事案と判断した。その論旨は明確ではなく、上記の判例として制定された裁判所意見部分の文言からは、単に解除通知から解除日までの期間が3日間しかなかったことを理由に、契約の残余期間(3ヵ月以上)の賃料に相当する額の全額の賠償責任を認めているように読める。原告A社が、この残余期間に代替の契約先を見つけようとしたのか、及びその成否は不明だが、ベトナムでも商法305条は「損害賠償を請求する当事者は、違反のない場合獲得したであろう利益の損失を含め、契約違反により生じる損害を最小限にするため適切な対策を講じなければならない。」と定めており、そのような被害者の損害軽減義務の有無やその違反の有無を議論する必要があるのではないかという疑問が残る。

 また、監督審は、本件を損害賠償の規定が適用される事案と判断し、原告A社は損害賠償請求権を行使していないと判断した第一審の判決には重大な法律違反があるとし原判決を破棄差戻していると思われる。第一審の判決は、「裁判所は……訴えの提起又は書面による申立ての範囲内でのみその事件を解決する。」というベトナムの民訴法が採用する当事者主義に従う意図が覗われるが、他方で、第一審裁判所の訴訟指揮により、原告A社が損害賠償請求権を行使する意図で主張を行っている否かを確認していれば門前払い的な判断を回避することができたのではないかとも思われ、第一審の判断もまた不可思議である。加えて、監督審が本件を損害賠償の規定が適用される事案と判断したことを前提とすると、監督審は契約の終了を有効と認めたことになると思われる(契約が終了していなければ被告B社が支払うべきは残余期間中の賃料であって損害賠償ではないはずである。)。しかし、監督審が根拠としている旧民法426条は、各当事者の合意又は法律の規定がある場合に契約の一方的終了を認める規定であるが、本件賃貸借契約には契約の終了に関する規定はなかったとのことであるから、いかなる理由で契約の一方的終了を認めたのかも疑問である。

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