(第20号)
企業法務よしなしごと
・・・ある企業法務人の蹣跚・・・
平 田 政 和
Ⅱ.Sophomoreのために・・・勉強しよう、「知らない」ということを知ろう(その7)
【“例えば”に注意すること】
法務部に対する意見照会や質問の中に“例えば”で始まるものがある。このような事例は必ずしも多いとは思わないが、このような聞き方をする人もいる。私は若い部下には“例えば”で始まる意見照会や質問には答えるな、と言ってきた。その理由は、前提条件や事実関係がはっきりとしない状態では、正しい答、的確な法律的見解を出すことができない、ということである。そして、大手商社のベテラン法務部長から聞いた次のような話をするのが常だった。
昔、営業担当者から「“例えば”仏壇を担保にとることができますか。」と聞かれたんだ。とっさに差押禁止動産の規定(現在では民事執行法131条)を思い浮かべて「仏壇は担保にはとれないよ。」と答えたんだが、よく考えてみると、担保提供者が仏壇の販売業者なら、仏壇は商品だから担保にとれるよね。“例えば”で聞かれたときに、具体的に誰からどのような仏壇を担保にとろうとしているのか、を確認すべきだったのだね。このような話だった。
この話をした後に、法務部に属する人間として守秘義務があることを説明し、事実関係をきっちりと聞き出し、その上で意見や見解を述べる。このことを常に頭に置いておく必要がある、と続ける。
私の経験ではこの“例えば”で始まる意見照会や質問が行われるのは、法務部の肯定的な意見は欲しいが、事案や事実の全てを明らかにはしたくない、これらを明らかにして否定的な見解を出されると困る、と思っているような場合が多かった。この中には、非常に残念なことであるが、自らの失敗に法務部を巻き込んで、なんとか糊塗しようとする場合もあった。
また、自分は、頭がいい、大学で法律を勉強した、複雑な事案であっても要領よく纏め説明する能力がある、と思っている人が悪意ではなくごく自然な形でこのような質問をすることもあった。このような人に対しては、前提条件や事実関係の説明がないと正しい回答や意見を述べられないことをきっちりと説明すると、次回からは法務部に来る前にメモを作成し、手元にある資料を持参するのが常だった。
いずれにしても事実関係や関係する情報の全てがはっきりとしていないと(はっきりとしていない場合ははっきりとしていないということが明確になっていないと)正しい意見や結論を出すことはできない。若い法務部員が顧問弁護士や専門家の意見を徴するときには、“例えば”という言葉を絶対に使わないように、全ての事実や情報を客観的に説明するとともに意見に当たる部分は意見であることがはっきりと解るように説明すること、と口を酸っぱくして話した。
(以上)