(第27号)
企業法務よしなしごと
・・・ある企業法務人の蹣跚・・・
平 田 政 和
Ⅲ.Juniorのために・・・広い視野をもとう(その7)
【誠実な対応を心掛ける】
契約交渉はある意味では知恵の戦いである。だからといって相手方のミスに付け込むようなことはすべきではない。誠実な対応を心掛けるべきである。誠実な対応こそが契約交渉をスムースにし、締結された契約により最高の成果を得ることができる。
幾つかの小さな経験を書く。
米国大手石油会社との間で、合弁契約やそれに関連する技術援助契約、独占的代理店契約などの数多くの契約が関係するプロジェクトを行ったときのことである。両社が設立する日本の合弁会社への技術ライセンスに関連して、「合弁会社が案出した改良技術の米国親会社へのライセンスとそれを実施した米国親会社の製品を使った最終商品の日本市場への輸出」について議論した。合弁会社設立後は、合弁会社と米国親会社の双方が製造技術を有することとなるため、それぞれが改良技術を考案、案出する可能性が強く、営業上の利害関係も絡む複雑な論点がある難問だった。
長時間の議論を経て最終的に相手側の主張を受け入れることになった。ドラフティングは相手側の知的財産部長がしたいと言うので彼に任せた。数日後に彼より送られてきた修正案を見て驚いた。勘違いしたのだろう、修正案は彼の意見に基づき合意された内容を反映したものではなく、どちらかというと私たちの意見に近いものになっていた。何度読み返してもそのように読めた。
私はどのような契約交渉においても、相手方から送られてきた契約書案に対しては、問題と考えたところについては、自明だと思われるような些細なことであっても、それぞれ修正理由を付して改定案を作成し連絡するのが常だった。この契約交渉でもそのようにしていた。しかし、このときだけは彼が勘違いをした点について、理由を示すことなく、さりげなく彼の主張を入れた改定条文に改めて返送した。
当社が有利になる彼の勘違いを奇貨としてそのまま受け入れるのではなく、合意内容を反映した改定条文の返送を受けて我々の真面目な交渉態度を評価してくれたのだろう、それまで強硬に自説を主張してきた残された論点の一つについて、私の主張をそのまま受け入れた条文の連絡があった。理由は何も書かれていなかった。
このようなこともあった。中国のある経済技術開発区との土地の使用権についての予約契約交渉のときのことである。将来使用権を取得する時の価格について、現在時点の価格を決めてその後の価格上昇は一定の率をかけて決定することとした。
このとき面白いことが起こった。この率を単利で計算するか、複利で計算するかを決めなければならないので(契約書に書いておかなければ将来問題が起こるので)交渉相手に意見を求めた。当然ながら複利を主張すると思っていたが、交渉責任者は何を考えたのか「単利」と答えた。末席に座っていたアメリカ留学帰りと紹介された若者が、首を傾けていた。
我々は「分った。一応単利ということにしよう。ただ、大事なことだからもう一晩考えて明日結論を聞かせてほしい。」と答えた。常識的には複利とすべきで、ここで単利としてしまうと一見われわれには有利に見えるが将来必ず問題が起こると考えたのである。
余談になるが、翌日の交渉の場での相手方責任者の発言は、面白かった。「昨日は単利と言ったが、これは1年目のことで2年目以降は複利として欲しい」。
下請加工委託先との間で共同開発契約を締結するような、力関係から考えて当社が上位にあるような場合に常に留意していたことがある。それは費用の負担や成果の帰属に関する取決め内容は可能な限り平等にするということであった。
力を背景に交渉すれば、これらの場合は極端なことを言えば、どのような取り決めも可能である。しかし、そのような態度では契約の目的達成はおぼつかないだろうし、信頼関係が長く続くとは思えない。誠実に意見を交換し、両社の力が最大限に発揮でき、両社が納得する内容の契約条項を案出するよう常に努力してきた。
(以上)