◇SH0116◇インドネシア:インドネシアにおける仲裁(その2) 青木 大(2014/10/24)

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インドネシア:インドネシアにおける仲裁(その2)

長島・大野・常松法律事務所

弁護士 青 木   大

 前回に続いて、インドネシア仲裁法のうち、特異と思われる点を中心に概観する。

(1) 提出書面(38条~40条)

  1. ① 仲裁廷の構成後、申立人は、仲裁廷の定める期間内に請求陳述書を提出しなければならない。
  2. ② 被申立人は、請求陳述書受領後、14日以内に答弁書を提出しなければならない。
  3. ③ 仲裁廷は答弁書受領後速やかに、14日以内に(初回の)ヒアリングを開催する旨の命令を下さなければならない。

 極めて迅速な答弁書の提出及び初回のヒアリングの開催義務が規定されている。複雑な紛争の場合、14日以内に答弁書を提出するというのは被申立人にとって相当酷であり、相当短期のヒアリング準備期間も通常は双方にとって大きな負担であろう。アドホック仲裁においては留意が必要な規定である。ただし、実務上初回のヒアリングは後述の和解の勧奨が中心となり、仮に和解が奏功しなかった場合にはその後書面提出の機会も認められるので、答弁書は必要最低限の記載とならざるを得ない場合も多いようである。

(2) 和解の勧奨(45条)

 初回のヒアリングにおいて、仲裁廷はまず当事者に対して和解の勧奨に努めなければならない。

 これもモデル法に照らして、特異な規定といえる。同様の規定がインドネシア民事訴訟法においても裁判官の義務としておかれているようであるが、仲裁の文脈においては、仲裁人は和解交渉の意思の有無を両当事者に確認し、両当事者がそれを望まない場合には和解をそれ以上進める必要はないようである。ただし、一般的な国際仲裁手続において仲裁人が和解を勧めることは多くはないので、このような規定の存在自体には留意が必要である。

 なお、仲裁人が積極的に和解の仲介も行うというのは、多くの西洋諸国の法律家からは奇異に映るようである。日本では裁判所が積極的な和解の勧試を行うことはまれではないので、さほど違和感はないかもしれないが(実は当職はこのような和解の勧試制度は適正に運用される限りにおいて効率的で当事者にとって利点もあるようにも考えているが、ここでは深くは立ち入らない。)、第三国仲裁人は不慣れである可能性がある。通常、両当事者の和解交渉の意思が確認された場合、第三国仲裁人は調停手続を別途開始することを勧めるであろう。なお余談ではあるが日本商事仲裁協会(JCAA)の最新規則もこのような国際的傾向に配慮した規定を置いている。

 和解の勧奨が奏功しなかった場合、実体についてのヒアリングが引き続いて行われることとなる。これに際しては、当事者は追加の書面や証拠を提出する機会を与えられる(46条)。

(3) ヒアリングの180日間の期間制限(48条)

 (実体審理も含めた)ヒアリングは、仲裁廷の構成後、180日以内に完了しなければならない。ただし、当事者合意でこの期限を延長することが可能である。

 ヒアリングの完了期限はモデル法にはないが、迅速な判断を求めたい当事者にとっては、害となる規定ではない。

(4) ICC、SIAC仲裁による場合の留意点

 以上のとおり、インドネシア仲裁法はモデル法などに照らして特異と思われる規定が散見され、アドホック仲裁による場合には留意しておく必要である。さらにインドネシアの仲裁機関であるBANIの仲裁規則に従って仲裁を行う場合には、さらに特異な規定に対処しなければならないこととなるが、これについては別稿としたい。

 インドネシアを仲裁地としてICCやSIAC等の機関仲裁を選択することも可能である。その場合、これらの機関の仲裁規則とインドネシア仲裁法の双方が適用されることとなる。上記のインドネシア仲裁法(及びここでは詳述しないがBANI仲裁規則)の特殊性に鑑みれば、インドネシア国内を仲裁地とせざるを得ない場合でも、少なくともこれらの世界的に著名な仲裁機関の機関仲裁によることが推奨される。

 インドネシア仲裁法31条1項は、仲裁手続は、同法の規定に抵触しない限りにおいて当事者が自由に合意できると規定しており、特に同法において当事者合意によりこれが排除できる旨の明文の規定がない事項について、仲裁規則がこれと矛盾する、あるいは完全には一致しない規定を置いている場合に、その適用関係に疑義が生じる可能性も考えられなくはない。例えば、一般的な国際仲裁プラクティスにおいては、上記で見たような短期の答弁書提出期限や初回ヒアリング期限を仲裁廷が定めることはまれであるし、初回のヒアリングで仲裁廷が和解を勧奨することも想定し難い。しかし、同法34条2項は、当事者が機関仲裁に合意した場合、当該仲裁機関の定める規則に従って手続が行われる旨を規定しており、基本的に仲裁規則に則って定められた手続が、インドネシア仲裁法の規定上問題となる可能性は低いものと考えられる。

 なお、インドネシアを仲裁地とするICC、SIAC仲裁規則に基づく仲裁判断が、インドネシア仲裁法上、「国内仲裁判断」なのか、「国際仲裁判断」なのかというのは、執行段階において問題となり得る。「国内仲裁判断」の場合は、仲裁判断が下された後30日以内に、その原本又は認証された写しが、仲裁人又はその代理人により裁判所に提出・登録されなければならず、この要件を満たさない場合は、執行不能となるからである(59条1項、4項)。

 インドネシア仲裁法1条9項は、「国際仲裁判断(International Arbitration Awards)」の定義として、インドネシア国外で仲裁廷又は仲裁人により手交された仲裁判断(“awards handed down by an arbitration institution or individual arbitrator(s) outside the jurisdiction of the Republic of Indonesia”)が含まれると規定している。ICC、SIAC仲裁規則の下においては、仲裁判断は最終的にそれぞれの事務局から当事者に交付される。パリや香港、シンガポールから送付された仲裁判断がこの「国際仲裁判断」の定義に該当するのか、必ずしも法文上明らかとは言い難い。ジャカルタを仲裁地とするICCの仲裁判断を国際仲裁判断としたインドネシアの判例もあるようである。しかし、国際的には、国内仲裁判断か国外仲裁判断かの区別は、基本的に仲裁地が国内か国外かで判断される場合が多く、かかる判例はそのような国際的な一般的理解とは整合しないため、今後の判例の動向含め留意が必要といえる。

以上

 

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