(第37号)
企業法務よしなしごと
・・・ある企業法務人の蹣跚・・・
平 田 政 和
Ⅲ.Juniorのために・・・広い視野をもとう(その17)
【寄託原材料・売渡商品の引き揚げについて考える】(その2)
(前号より)
寄託原材料の引き揚げに関しての幾つかの思い出を書く。
ある産地の大きな製織業者が経営不振に陥った。主要合繊メーカー三社が主たる取引先だった。私が勤務していた会社は、かなり以前の段階から同社の経営不振の情報を掴んでおり、然るべきタイミングでの寄託原材料の引き揚げの方針を決定していた。後は他社をどのように巻き込むかである。ここでもし、当社だけが原材料引き揚げ手続をとれば、「あの会社の引き揚げが原因となって倒産した。」とのいわれなき非難、中傷の対象となりかねない。
ここは何としても彼ら二社と足並みを揃える必要がある、と判断し、他の二社の法務部長が比較的親しい関係にあったこともあり、寄託原材料引き揚げについて極秘に意見を交換した。しかし、彼らの動きは鈍かった。
今振り返ってみると、他の二社では債権保全や回収手続は財務部門や営業部門の担当であり、法務部は彼らからの依頼があれば動く(必要な書類を作成し法律的見解を述べる)、という体制であり債権保全・回収についてあまり関心を持っていなかったようだ。
そこでこの二社の法務部長に極秘裏に当社が得ている情報を開示した。説明を受けたそれぞれはその日の内に社内調整をし、三社が足並みを揃えて寄託原材料の引き揚げをすることとなった。それぞれが寄託している量は原材料価格相当額で1億円を軽く越えていた。
翌朝から時を同じくして引き揚げを開始した。当社関係の原材料はその取り扱いに細心の注意が必要なものであり、手荒な扱いをすると商品価値が下がるようなものであった。人海戦術を予想していたが、工場の片隅にフォークリフトが置かれているのに気が付いた。「賃料を払ってあれを借りよう。」と思い、引き揚げ責任者としてその場にいた営業担当課長に話したが、彼も同じように考え、既に借りる手配をしていた。
借りたフォークリフトと予め準備していた何台かのトラックを使い、ピストン輸送をし、午前中に引き揚げ手続を完了した。他の二社は若手社員が取引先従業員の協力を得て夕刻までかかって引き揚げを行っていた。
製品化されたものの引き揚げには応ずるが、保管している原材料については製品に仕上げさせて欲しい。その間の原材料や仕掛品の保全には万全を期する、原材料や仕掛品が第三者の手に渡らないよう昼夜の監視を行う、との申し入れを受けたこともあった。
このときは、経営者、組合三役との間でこの旨の確認書を取り交わし、全て製品に仕上げさせて引き取った。気がかりは会社の倒産という非常事態の中での生産で、不良品が発生しないかということだった。
このことを組合三役に言ったところ、製品検査については特に注意するから安心して欲しい、と言われ、これは彼らを信頼することとした。不良品についての補償の目的で加工賃の一部の支払いを留保することもチラッと頭をかすめたが、現金を必要としている従業員のことを思い、全額を支払うこととした。
12月下旬に引き揚げを行ったこともあった。このときは社長から「従業員の士気を高めるため、形だけでも初荷を出したい。」と言われ、原材料と製品化された織物の一部を倉庫に残した。従業員や地域社会に対して「会社は問題なく操業している。」ことを示したかったのだろう。
原材料、仕掛品や製品の引き揚げは何度も行ったが、毅然とした態度はとりつつ、かつ権利は確保しつつ、常に相手の立場を思いやり、尊重し、行動したと思っている。経営者やその幹部社員とは会社再建や清算手続で、顔を合わせることも数多かったが、その時に嫌な思いをしたことはなかった。
従業員とともに新しい事業を興し会社を再建した倒産会社のある社長は、上京の折には必ず私を訪問し、その後の状況を報告して下さったというようなことも思い出す。
(以上)