インド:セクシャル・ハラスメント防止法の遵守状況
長島・大野・常松法律事務所
弁護士 山 本 匡
1.セクシャル・ハラスメント防止法の施行
2013年12月に、女性に対するセクシャル・ハラスメントのない安全な職場環境を提供すること等を目的として、2013年職場における女性に対するセクシャル・ハラスメント(防止・禁止・解決)法(The Sexual Harassment of Woman at Workplace (Prevention, Prohibition and Redressal) Act, 2013)が施行された。同法施行前は、1860年インド刑法(Indian Penal Code, 1860)等によりセクシャル・ハラスメントに対応していたが、要件が明確でない等、十分な対応されていたとはいいがたい状況であった。また、現実社会では、男性優位・女性差別の風潮がまだ残っており、職場で女性に対するセクシャル・ハラスメント行為があっても、救済を求めにくい風潮があるといわれている。このような状況を受けて、セクシャル・ハラスメント防止法が施行された。
同法の規制内容は、既に各種文献等において解説されているため、詳細をここでは述べないが、雇用者の主要な義務として、外部委員を含む社内苦情委員会(Internal Complaints Committee)の設置、社内苦情委員会の勧告に応じたセクシャル・ハラスメントに関する処分の実施、職場における安全な労働環境の提供、セクシャル・ハラスメント行為に対する罰則等の掲示、従業員への定期研修や社内苦情委員会の委員への講習等の実施、社内苦情委員会への各種協力、年次報告書への届け出事案数等の記載その他の義務がある(社内苦情委員会の設置等、一定の義務については、10人以上の従業員を有する雇用者のみに適用されるものがある。)。
2.セクシャル・ハラスメント防止法の遵守状況
セクシャル・ハラスメント防止法は施行されて既に約1年半が経過する。しかし、遵守状況は芳しくないようである。Ernst & Young LLPが公表した調査結果[1]によると、120を超える回答のうち、31%が社内苦情委員会を未設置又は設置途中であり、40%が社内苦情委員会の委員への講習等を行っておらず、44%が罰則等を掲示しておらず、34%が年次報告書の提出義務を認識していない等、きわめてお粗末ともいえる遵守状況である。同調査報告によると、インド企業よりも多国籍企業の方が一般的には遵守状況が多少良好ではあるが、それでも不遵守の割合は相当高い。
同調査報告によると、回答全体の35%、多国籍企業については回答の38%が社内苦情委員会の設置方法に関する条項違反に罰則があることを認識していないとのことであるが、同法違反はきわめて厳しい結果をもたらしかねないことを認識する必要がある。すなわち、社内苦情委員会の設置義務違反に限らず、同法違反があった場合、雇用者は5万ルピー(日本円で約9万5,000円)以下の罰金が科されることがある。さらに、再度同じ違反を犯した場合、罰金の額が2倍となり、また、事業遂行に必要なライセンスや許認可等の取消し等の処分が科される可能性がある。日本人の感覚では罰金の金額が低いと感じられるかもしれないが、ライセンスの取消し等が行われれば、事業遂行そのものが不可能となる。当局が同法をどの程度厳格に執行しているのか疑問はあるが、上記の厳しい罰則に鑑み、まだ遵守していない会社があれば、至急対応する必要がある。
[1] http://www.ey.com/Publication/vwLUAssets/ey-reining-in-sexual-harassment-at-the-workplace-fids-survey-2015/$FILE/ey-reining-in-sexual-harassment-at-the-workplace-fids-survey-2015.pdf