◇SH0417◇銀行員30年、弁護士20年 第58回「教養を高める」 浜中善彦(2015/09/08)

法学教育そのほか未分類

銀行員30年、弁護士20年

第58回 教養を高める

弁護士 浜 中 善 彦

 法律家の仕事は法律問題を扱うことであるが、それは、法的な知識や経験を通じて、人の持つ悩みを解決するということである。人の悩みを解決するのが仕事であるから、法律家にとって、法的知識があるだけでは不十分であることはいうまでもない。若い弁護士にとって、多くの場合、相談相手は年長者であるから、社会的経験ではそれらの相談者には及ばない。社会的経験の足りないところをカバーするためには、法的知識だけではなく、広い教養が必要である。依頼者は、単に法的知識の量や年齢だけで弁護士を評価するのではない。法律家が法律に精通していることは当然であり、それは、法律家としての最低限の職業的義務である。しかし、それだけでは単なる法律オタクである。

 

 教養というと知識の量と捉えられがちであるが、そうではない。読書や音楽、絵画あるいはスポーツ等、どの分野でも構わない。教養を高めるということは、幅広い人格形成のための努力といっていいと思う。
 今年の春、50年ぶりに元の勤務先の銀行の融資課のメンバー7人が集まった。元課長が最年長で84歳、最年少は75歳の私であった。7人のうち、一人は仙台から、もう一人は大阪から参加した。久しぶりだったので、街で会ったら誰だかわからないほど変わった人もいたが、話しているうちに、お互いに若い頃に戻ったような気がした。こういう会合の場合、ともすると病気の話になりがちであるが、それぞれにガンの経験などそれなりに大病をしていながらも、それは共通の話題にはならなかった。それは、各人が自らの目標をもって、そこへ向けて努力をしているからであった。そのうちのTさんは、今年80歳になるということであったが、70歳になってから、オーケストラで第九を弾きたいと思って、若い頃やっていたバイオリンの練習を再開したという。そして、毎週数日は練習に参加して、数年前から念願のオーケストラの一員として、毎年の第九の演奏会で演奏しているというのである。昨年の演奏会の写真とその時のCDをみんなが頂戴したが、これには、参加者一同感心した。教養を高めるということは、単に知識の量を増やすことではない。Tさんの場合、音楽を通じて、銀行員時代とは全く違った幅広い人間関係ができ、毎日の生活も充実している。そのためか、彼は昔とほとんど変わらないような若さを保っていた。

 

 このように、教養とは、単なる知識の量ではない。しかし、弁護士が自らの経験の不足を補うためには、読書に勝るものはない。読書は、単に知識の量を増やすためにするのではない。したがって、教養のための読書といっても一定のルールがあるわけではないから、一見法律と何の関係もない、古事記やイリアスを読むことでも構わない。それは、各人の好みの問題である。
 しかし、読書によって広い教養を身につけることによって、自らの頭で考える努力をすることが習慣化される。そういった訓練を通じて、たえず対象と緊張関係を保つことが可能になる。対象とたえざる緊張関係を保つ努力によってのみ、感情に左右されない、知的で合理的な解決が可能になる。たえず対象と緊張関係を維持しようとする営為こそがインテリジェンスである。インテリジェンスは、心の優しさや人に対する思いやりとともに、法律家にとって、もっとも求められる資質であろう。弁護士は、絶えずそのための努力を怠ってはならないと思うのである。

以上

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