タイ:クラスアクション制度の最新動向
長島・大野・常松法律事務所
弁護士 箕 輪 俊 介
「クラスアクション」という言葉を聞くとどきっとする方もいるかもしれない。米国と関連する事業を行っていれば、原告側で訴訟参加の可否に関する通知が届いたり、はたまた自社製品がクラスアクションの対象製品となったり、何らかの形でクラスアクションに巻き込まれることもあるだろう。
このクラスアクション制度は2015年の年末にタイでも導入され、導入からおよそ1年が経過した。日系企業(特にメーカー)にも影響を与えうると懸念されていたクラスアクション制度だが、実際の運用状況はどうなっているのか。導入から約1年が経った現時点までの運用状況及び今後日系企業が注意すべき点を以下に記載する。
まず、タイにおけるクラスアクション制度とは何か。
通常の訴訟では、原告が他の関係者(被害を共通する者)を巻き込んでいくためには、それらの者にも同様に訴えを提起してもらう必要がある。そのため、被害者の取り纏めを担うリーダーは、被害者の一人一人から同意を取りつけ、被害者各人が訴えを提起するように促す必要がある。
これに対して、昨年末にタイにて導入されたクラスアクション制度の下では、被害者の一部が、被害や加害者との間の事実関係を共通にする集団(=クラス)全体を「代表」して訴えを提起することが可能である。クラスアクション訴訟では、訴えを提起した被害者と同じ「クラス」にいると位置づけられる者は、自ら主体的に訴えを提起せずとも、「私は訴訟に参加しない」という明確な意思表示(一定期間内におけるクラスからの除外の申出=オプトアウト)を行わない限り、原告と同様に判決の効果が及ぶ。そのため、原告側としては、被害者各人が訴えを提起するように促す必要はない。裏を返せば、被告側は、「クラス」に位置づけられる者の数によっては、膨大な数の原告を相手方とする訴訟を抱えるリスクを負うこととなる。
このリスクがまさに顕在化したのが、タイにおけるクラスアクションの初の事例とされている、金鉱山における公害被害の訴訟である。この訴訟は、本年(2016年)5月に、金鉱山の汚染により人体に被害を受けたとする地域住民によって、タイ中部の金鉱山の運営者を相手方として提起された。本件は、原告個々の請求金額は現在のレートで500万円弱であるものの、同じクラスに所属する原告が300人以上いるとされているため、係争額の合計は15億円近く(現在の為替レートで計算)になると試算されている。さらに、クラスアクション制度の場合、原告が勝訴すると、認容額の30%を上限として、弁護士費用を被告負担とすることが可能である。したがって、原告側の弁護士費用が高額になっている場合は、最大でさらに30%、支払額が上乗せされる可能性がある。
このように、クラスアクション制度が利用されると、たとえ個々の原告の請求金額が多くなくとも、クラスに所属する者の人数が多い場合には非常に高額な損害賠償を迫られる虞がある。特に、メーカーの場合、販売している製品の欠陥等により、多数の製品利用者から多額の損害賠償請求がなされる可能性は否定できない。また、労働訴訟もクラスアクション訴訟の対象となるため、多数の従業員を抱えている企業の場合は、従業員との間の紛争の解決にあたりクラスアクション訴訟が利用される虞がある。
クラスアクション制度が導入されてから、どのようにこの制度が利用されるのか、米国と異なり訴訟社会ではないタイでも同様に利用されるのかが注目されていたが、このように実際に利用が始まっていることを踏まえると、今後もこの制度が継続的に利用され、利用頻度が高まってくることは否定できない。日系企業にとっても他人事ではなく、特にメーカーを中心に、対応を迫られる日が早晩やってくるように思われる。万が一に備えて、保険の活用等の対策を講じておくことも一案であろう。