◇SH1239◇インド:タタ-ドコモ仲裁判断の執行を認めたデリー高裁判決 青木 大(2017/06/16)

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インド:タタ-ドコモ仲裁判断の執行を認めたデリー高裁判決

長島・大野・常松法律事務所

弁護士 青 木   大

 

 2017年4月28日、NTTドコモ(「ドコモ」)とインド・タタグループの持株会社Tata Sons Ltd.(「タタ」)との間の提携解消に当たっての違約金(約1300億円)の支払いを認めた仲裁判断について、デリー高裁がその執行を認める判断を下した。以下、その概要を紹介する。

 

1. 事案の経緯

 2009年3月、ドコモはタタグループの通信事業会社Tata Teleservices Ltd. (「TTSL」)に対して約2600億円の出資を行った。ドコモとタタとの間の株主間契約においては、TTSLが2014年に一定の業績を達成できない場合には、タタはドコモに対し、ドコモが保有するTTSL株式の(1)同日における公正価値か、(2)ドコモの購入価格の50%のいずれか高い価格で同株式を購入する買主を見つけなければならないという義務が規定されていた。

 その後インドでは競争が激化し、TTSLは2014年に求められていた業績をあげることができなかった。ドコモは同年、撤退を決断し、上記義務の履行をタタに対して求めた。しかし当事者間においては解決がつかず、問題は2015年1月にロンドンの仲裁機関LCIAにおける国際仲裁に持ち込まれた。

 

2. 仲裁判断

 インドの外為規制によれば、インド非居住者は原則として上記(2)の価格でTTSLの株式を自由に購入することができるが、インド居住者は、上記(2)の価格が「公正な市場価格」を上回る場合には、インド準備銀行(Reserved Bank of India)の特別の許可を無くして購入することができない。当時TTSLの株式価値は下落し、公正な市場価格が上記(2)の価格を下回る状態となっていたため、タタは上記(2)の価格で購入を希望するインド非居住者を見つけることができず、またタタ自身は上記(2)の価格で株式を買い取ることができないため、タタは、上記義務規定はインド契約法上無効な規定であるなどと主張した。

 2016年6月、仲裁廷はドコモの請求を認め、タタに対してドコモに上記50%の価格の支払い並びに利子及び費用の支払を命じる仲裁判断を下した。株主間契約上の買主を見つけなければならないというタタの義務は無条件の義務であり、事実上の困難から買主を見つけられなかったとしてもタタは当該義務の履行を免れることはできず、義務違反によってドコモに生じた損害を賠償する責めを負うというのが主な理由である。

 

3. デリー高裁における執行手続

 2016年7月、デリー高裁において上記仲裁判断の執行訴訟が開始された(なお、執行訴訟は英国、米国その他においても提起された。)。執行訴訟が開始してまもなく、タタ側は仲裁判断で支払を命じられた額と同額の担保を裁判所に対して供する旨を通知した。

 このような状況の中で、2016年11月30日、インド準備銀行は訴訟参加の申立(Intervention Application)を行った。インド準備銀行は上記の株主間契約の規定は外為規制に違反するものであるという立場を示した。

 2017年2月25日、タタとドコモは、タタが仲裁判断に従った支払の履行を行う旨の共同申立を行った。このように当事者間では仲裁判断に基づく支払について争いが無くなったにもかかわらず、仲裁の当事者ではないインド準備銀行のみが支払に反対するという異例の事態に陥った。

 

4. デリー高裁判決の内容

 2017年4月28日において下された判決においては、デリー高裁はまず、インド準備銀行の当事者適格(Locus standi)に関し、インド仲裁法上、外国仲裁判断の執行異議を申し立てることができる者は「当事者」のみであり、ある法的主体の権限及び管轄が仲裁判断中で議論されていたとしても、執行手続において当該主体の当事者適格が認められるものではないと判示し、インド準備銀行の当事者適格を否定した。特に、デリー高裁は、執行裁判所がインド準備銀行の許可を要するインド非居住者に対する支払を認めた場合、インド準備銀行はかかる命令に拘束されるが、それでもなおインド準備銀行は当該執行手続に参加できないこと、そして、この点は法の欠缺に当たる可能性があるが、インド仲裁法が明文でそのような手続参加を認めていない以上、やむを得ないものであるとした。

 その上でデリー高裁は、タタからドコモに対する支払はインド準備銀行の特別許可を必要とするというインド準備銀行の主張に関し、当該支払は株式の売却価格の支払いではなく、損害賠償の性質を有するから、インド準備銀行の特別許可は不要であるとする仲裁廷の判断を追認した。特に、損害賠償の支払いと共にドコモは株券をタタに返却したが、それは単に損害賠償の支払いに伴う副次的なものであり、当該事実をもってかかる支払が株式の売却価格の支払いと再構成されるものではないとした。そして、株主間契約の条項及び仲裁判断がインドの外為規制を含む法令に違反するものではなく、ましてや外国仲裁判断の執行拒絶事由たるインドの公序違反にも該当するものではないことを明確に示した。

 

5. コメント

 以上の通り、デリー高裁は、インド準備銀行の介入を認めず、外国仲裁判断の内容を尊重して、ドコモの円滑な事業撤退・資金回収を認める判決を下したが、これは外国投資家に好意的な、常識にそった妥当な判断と評価できる。手続のスピードについても、執行手続の開始から1年足らずで判決に至っており(最高裁への上訴の可能性も残されているようではあるが)まずは肯定的に評価できるように思われる。なお、仮に本件がインド国内仲裁で争われていた場合に同じ結論になっていたかどうかについては、必ずしも明らかとまでは言い切れないように思われ(国内仲裁判断の取消事由は外国仲裁判断の承認執行事由よりも広く認められる可能性がある)、依然として外国投資家にとってはインド国外仲裁を選択することが無難と考えられる。

 

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