アルゼンチンにおける税制改革
投資を呼び込むための税制改正(2)
西村あさひ法律事務所
弁護士 古 梶 順 也
2. 重要な改正点
(4) 重畳的課税の低減
アルゼンチンにおいては、①州税としての総売上税(Impuesto sobre los Ingresos brutos)及び印紙税(Impuesto a los Sellos)[1]や②国内の金融機関に開設した銀行口座(当座口座)を通じた入金取引及び出金取引のそれぞれに0.6%の税率で課せられる金融取引税といった重畳的課税[2]が物品・サービスの価格を押し上げる一因となっている。
今回の税制改革の一環として、2017年11月16日に、中央政府は、サンルイス州を除く22州及びブエノスアイレス特別自治市との間で財政協定を締結し、当該財政協定において、各州政府はそれぞれの州の総売上税及び印紙税を低減することを合意した。これにより、2022年までに各州の総売上税及び印紙税が低減されることが予定されている[3]。
金融取引税に関しては、これまでも金融取引税として支払った額の一部について、法人所得税の前払いとして納税者が納付する法人所得税額から控除することが認められていたが、本改正法と同じ日に公布された法律第27,432号[4]により、かかる法人所得税の前払いとして法人所得税から控除することが認められる割合を2022年までに段階的に増加することができる権限が行政府に与えられることとなった。そのため、将来的に行政府が当該権限を行使することで、法人所得税から控除できる金融取引税支払額が増加し、これにより金融取引税に係る負担が実質的に軽減されることが期待されている。
(5) 過少資本税制ルールの変更
アルゼンチンにおいては、従前、外国の関連会社からの借入れに係る支払利子について、借入れと出資の比率が2:1を超える場合には当該超過部分の借入れに対応する支払利子の損金算入が認められないこととされていた。
本改正法は、かかる従前のルールを廃止し、内国法人の借入れに係る支払利子の損金算入が認められる範囲について新たな上限を設定した。具体的には、一定の例外を充たす場合を除き、EBITDAの30%又は政府が定める特定の金額のいずれか高い額を上限として、当該上限額を超える部分の支払利子の損金算入が認められないこととされた[5]。
かかる支払利子の損金算入上限額の変更に応じて、アルゼンチン子会社における資金調達の方法について再度見直しを行う必要性が生じうるため、留意が必要となる。
(6) 資産の再評価制度
本改正法は、税務上の観点から資産の課税上の価額を再評価することを認める特別な制度を新たに創設した。かかる制度の下では、アルゼンチンに所在する不動産や株式等の一定の資産に関して、当該資産の取得又は建設時に決定された課税上の価額を法律に定められた要素を考慮した金額に再評価することを求める権利が納税者に与えられる。
アルゼンチンにおいては、慢性的なインフレに伴い実態を伴わず(実質的な価値の増加を伴わず)資産の価格が上昇し、これによる実態を伴わないキャピタルゲイン課税等の税負担の増加が問題となっていた。本制度は、資産の課税上の価額を再評価することによって、このような実態を伴わないキャピタルゲイン等に対する課税を軽減することを目的としている。しかしながら、当該再評価を実施した場合、再評価に基づく調整額に関して一回限りの特別税(税率は資産によって異なる)を納付しなければならないこととされているため、当該再評価を求めるかどうかは、再評価を実施することによって軽減されるであろう税額と再評価を実施することによって納付しなければならない特別税額を吟味して決めなければならない。
本制度の詳細は、別途制定される規則において定められる予定であるため、こちらについても注視が必要となる。
(7) その他
上記で説明したもののほか、本改正法には、日本企業に影響を与えうるものとして以下のような改正点も含まれており、これらに関しても留意が必要である。
- ⅰ. 仲介業者が関わる輸出入取引に係る移転価格税制ルールの変更
- ⅱ. 資産に関するインフレ補正ルールの再設定
- ⅲ. 海外からのインターネット等を通じた特定のデジタルサービスの提供(ビデオ、音楽、ゲーム等のデジタルコンテンツのアクセス又はダウンロードの提供)に対する21%のVAT課税の創設
- ⅳ. 携帯電話、タバコ、アルコール飲料、エナジードリンク、ビール、車、船舶、航空機、電化製品等に対する物品税(奢侈税)の変更
- ⅴ. 二酸化炭素排出量に応じた燃料に対する課税の創設
- ⅵ. 移転価格に関する事前確認制度の導入
- ⅶ. 技術革新のための一定の支出に関する優遇税制の創設
- ⅷ. 脱税等の税務犯罪に関する罰金の増額
以 上
- (注) 本稿は法的助言を目的とするものではなく、個別の案件については当該案件の個別の状況に応じ、日本法又は現地法弁護士の適切な助言を求めていただく必要があります。また、本稿記載の見解は執筆者の個人的見解であり、西村あさひ法律事務所又はそのクライアントの見解ではありません。
[1] 総売上税は、州内で実施された事業活動から生じた総収入に対して課せられる。税率は州によって異なるが、一般的な税率は3%から5%で、更に事業内容によって増減する。印紙税は州内で締結された又は州内に法的効果を及ぼす法的文書に課せられる。税率は州によって異なるが一般的には1%とされている。
[2] 重畳的課税は、生産過程・流通過程の各段階で課税されるが、(VATとは異なり)納付に際して前段階で納付された税額を控除できないために税額が重畳的に累積していく課税のことをいう。
[3] 当該財政協定が有効になるためには、国会及び各州議会において当該財政協定が承認される必要があるが、現時点では、既に国会及び半数以上の州議会において当該財政協定は承認されている。
[4] 金融取引税は時限的な税制であり、本来ならば2017年末で失効する予定であったが、当該法律によって2022年まで存続されることとされた。
[5] なお、実際に損金算入する支払利子の額が当該損金算入可能上限額に満たない場合には、当該使用されなかった部分の損金算入可能額については3年間の繰り越しが認められている。他方で、当該上限額を超過したことにより損金算入が認められなかった部分の支払利子については、その後5年間に限り各年の損金算入可能上限額の範囲で損金算入を行うことが認められている。