◇SH1730◇シンガポール:シンガポールにおける司法取引制度(DPA)の導入に向けた動き 松本岳人(2018/03/28)

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シンガポールにおける司法取引制度(Deferred Prosecution Agreement)の導入に向けた動き

長島・大野・常松法律事務所

弁護士 松 本 岳 人

 

 日本では、本年3月16日の閣議において、2016年に改正された刑事訴訟法等の一部を改正する法律(平成28年法律第54号)により導入される日本版司法取引制度(証拠収集等への協力及び訴追に関する合意制度)が2018年6月1日から施行されることが決定された。企業法務との関係ではいわゆるホワイトカラー・クライム事案において、検察当局がどのような対応をとるか実務上も非常に注目されるところである。一方、シンガポールにおいてはDeferred Prosecution Agreement(訴追延期合意。以下「DPA」という。)と呼ばれる司法取引制度の導入に向けた動きがある。日本の刑事訴訟法は、DPAを制度的に認める内容にはなっていないものの、米国、英国及びフランスでは既に導入されている。そこで、本稿では他国の制度とも比較しながらシンガポールで導入が検討されているDPA制度について紹介することとしたい。

 

 DPAとは、刑事事件の被疑者又は被告人と検察当局との間で締結する刑事訴追を延期する合意のことをいう。制裁金の支払いに加え、捜査機関への協力や企業の場合にはコンプライアンスプログラムの導入などの一定の要求事項を遵守することを条件に、訴追と同時に裁判所の承認を得て公判手続を停止し、一定期間経過後に訴追を取り下げてもらう合意であることが通常である。

 かかる制度により、公判手続における判決の不確実性を回避し、犯罪被害回復などを含む弾力的な事件処理が可能となること、捜査や公判に要する労力を省き迅速な事件解決に資することなどが利点として挙げられている。一方で、自己負罪拒否特権を侵害する可能性がある、制裁金の金額が平等ではないなどの批判も存在するものの、米国では導入されて以降既に数多くのDPAが締結されており、日本企業がDPAを締結した事例も複数公表されている。近年、英国やフランスでも制度として導入され、企業の破綻や許認可の取消し等を回避できる可能性があることやコンプライアンス体制の回復のためにも有益であると考えられている。一方、日本版司法制度取引は、他人の犯罪のための証拠収集等への協力することで訴追しない合意をするという点については共通する面を有するが、刑事罰以外の制裁金の支払いやコンプライアンスプログラムの導入などの条件が設定されることまでは制度上は想定されていない。

 シンガポールでのDPA制度の導入検討の背景には、シンガポールの大手複合上場企業であるKeppel Corporation Limitedの子会社Keppel Offshore & Marine Ltd.及びその米国子会社が、ブラジルの国営石油会社向けの海上石油掘削設備受注を巡りブラジル政府関係者などに不正な資金拠出を行ったとされる贈収賄事件などもあったと考えられる。同事件では、2017年12月にKeppelは米国司法省との間で約4億2200万米ドルの制裁金(米国Foreign Corrupt Practices Act(FCPA)の制裁金としては歴代7位の金額(アジア企業としては歴代最高額))を支払うことを合意するDPAの締結が発表されている。シンガポールでは米国と異なりDPA制度を導入していないことの不都合もあってか、この事件が公表されて間もない2018年1月15日のシンガポール内務大臣兼法務大臣の会見において、DPA制度の導入を検討していることが明らかにされている。

 シンガポールにおいて導入が検討されているDPA制度について、詳細まではまだ明らかにはされていないものの、英国の制度と同様、企業に対する訴追を対象とするものであり、個人に対する訴追は対象外となる見込みである。また、DPAを締結するに当たってはシンガポールの裁判所の承認を得ることが条件となることが見込まれている。対象となる犯罪としては贈収賄、マネーローンダリング、証券犯罪などの罪が典型的には想定される。

 

 グローバルにグループ経営をする上で、刑事事件などの不祥事を発生させないようにコンプライアンス体制を構築することが重要であることは言うまでもないが、現在オーストラリアやカナダなどでもDPA制度の導入が検討されており、万が一刑事事件に関わる不祥事が発覚した場合の企業としての対応策を検討する上で、各国の刑事司法制度も踏まえた対応への備えが必要となろう。

 

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