ベトナム:税務・税関監査に絡む贈賄容疑事件(1)
長島・大野・常松法律事務所
弁護士 澤 山 啓 伍
報道によれば、東証1部上場でプラスチック製造事業を行う天馬株式会社(以下「本社」)のベトナム子会社である天馬ベトナム社(以下「現地法人」)が、2017年と19年に、税関監査及び税務監査における追徴税の減額を得る目的で、ベトナムの公務員に計約2500万円相当の現金を渡したとして、本社が東京地検に自主申告したとのことである。
この事案の詳細については、本社が設置した第三者委員会の報告書(以下「本報告書」)において既に公表されている。その内容を見ると、本件は、ベトナムで事業を行う日系製造業であれば、どこでも嵌まる可能性のある落とし穴の典型的な事例であるように思われる。本稿では、その事案の内容を簡単に紹介するとともに、現地で常日頃同種の問題への助言を求められる弁護士としての立場から、ベトナムにおける実務上の留意点等についてコメントしたい。なお、当職らはこの事案について事実及び法令の調査には一切関与しておらず、コメントの前提となる事実については、全て本報告書記載の内容に依拠している。
なお、公表されている第三者委員会の報告書では、3ヶ国での不正事案について調査がなされており、対象国は匿名化されて「X国、Y国、Z国」と表記されているが、報道の内容と照らして、「X国」がベトナムであるものと推測し、以下その前提で記述している。
1. 事案の概要
(1)2017年税関職員への現金交付
現地法人が2017年に受けた税関による監査において以下の指摘があり、追徴金として17億9000万円相当の支払いが必要との伝達を受けた(本報告書46-47頁)。
- 1 現地法人が有する投資ライセンスでは、現地法人が行える業務は、「成形部品、合成プラスチック、金型の生産、加工、組立及び販売」となっている。
- 2 しかし、金型に関する商流の中で現地法人が行っている加工作業は、簡単なものであり、現地法人が投資ライセンス上の「生産、加工、組立」業務を行っているとは評価できない。
- 3 現地法人の行っている業務は、金型を仕入れ(輸入し)、そのまま販売する行為(所謂、商社行為)に該当する。
- 4 その場合、現地法人は、金型の輸入販売行為に対して、付加価値税の課税対象となるが、現地法人は当該付加価値税の支払を行っていない。
- 5 したがって、現地法人は、当該金型の販売行為に対する付加価値税の支払と罰金を支払の必要がある。
税関局の担当者からは具体的な賄賂の要求等はなかったが、現地法人の役員は、「調整金」として税関局職員に現金を交付することで追徴金の減額を得ることを企図し、コンサルティング会社に相場感を聞いた上で、自ら積極的に税務局の調査リーダーや税関局長との会食やゴルフコンペの場を設けて接触し、追徴金額の減額のための「調整金」として現金1000万円相当を支払うことを提案し、相手方の了承を得て実際に交付した。「調整金」を支払うことについては、本社社長の承認を得ていた。
結果として、税関監査の決定書では指摘事項なしとなり、追徴金は発生しなかった。
(2)2019年税務局職員への現金交付
現地法人が2019年に受けた税務監査において、「初期投資資本分を超えた分に係る課税所得及びその後の事業分野の追加分については投資拡張と判定されるため、初期投資資本分及び初期登録された事業分野から生ずる課税所得に対して適用される税優遇は適用できない」との指摘があり、法人税未納額、法令違反による罰金及び納税遅延利息を合わせて8900万円相当の追徴課税が発生するとの伝達を受けた(本報告書21-22頁)。
現地法人の役員がこれに関して計算根拠・方法の確認及び減額交渉のため、税務監査チームと打合せを行っていたところ、税務監査のリーダーが、指を立てて(1500万円相当の)金銭の要求を示唆した(ただし、口頭にて明確に現金の交付を求めたわけではなく、また現金交付の要求かとの問いに対しては否定も肯定もしなかった。)。現地法人の社長は本社の担当部長の承認を得た上で(但し、当時本社社長は外出中でコンタクトできず、担当部長としては2017年の事案でも社長の承認が得られていたことから、事後的にでも社長の承認が得られるだろうと考えて自身の判断で承認したものであった。)、当該金銭の支払を行った。
その後、税務監査チームから提示された監査結果書の第2ドラフトでは、投資拡張分についても税優遇を適用することとし、追徴税額等の合計は約3160万円に減額されていた(本報告書では、現金交付以外に減額される理由はないと認定している。)。
(2)につづく