ベトナム:新労働法による変更点④
賃金
長島・大野・常松法律事務所
弁護士 澤 山 啓 伍
新しい労働法(45/2019/QH14)(以下「新法」)による現行法からの主要な変更点や、企業が労務管理上気を付けるべきポイントの第4回目は、賃金に関する変更点を取り上げます。なお、弊職らが作成した新法の日本語仮訳が、JETROのウェブサイト[1]で公開されていますので、ご参照下さい。
1 変更内容の概要
論 点 | 現行法 | 新 法 |
賃金等級、賃金表及び労働基準の策定 | -使用者は、政府が定めた基準に従って賃金等級、賃金表及び労働基準を策定しなければならない。(第93条第1項) | -使用者は、賃金等級、賃金表及び労働基準を策定しなければならない。(第93条第1項) |
-使用者は、策定した賃金等級、賃金表及び労働基準を職場で公開、周知するとともに、管轄労働局当局に送付しなければならない。(第93条第2項) | -使用者は、策定した賃金等級、賃金表及び労働基準を職場で公開、周知しなければならない。(第93条第3項) | |
賃金の支払通貨 | [労働法には規定なし] | 労働契約に規定する賃金及び労働者に支払う賃金は、ベトナムドンによる。労働者が外国人である場合、外貨によることができる。(第95条第2項) |
2 賃金等級、賃金表及び労働基準の策定
新法は、現行法と同様に、使用者が、労働者を雇用し、賃金額を合意し、労働者に支払うための基礎となる賃金等級、賃金表(賃金テーブル)及び労働基準(ノルマ)を策定しなければならないとしています。ただ、新法においては、使用者の賃金政策に対する使用者の自己決定権が強化され、国家による干渉が抑制されました。すなわち、現行法では、賃金等級、賃金表及び労働基準は、政府が定めた基準に基づいて策定されなければならないとしており、その基準として政令第49/2013/ND-CP号が施行されています。同政令においては、賃金表の策定にあたって、上下の職位の賃金の差を5%以上つけなければならないというルール(第7条第2項。5%ルールと呼ばれています。)が定められています。日系企業の中には、実態に即してもっと細かく職位を設定したいとの意向もあり、このような硬直的なルールについては批判が多くありました。日越共同イニシアティブでも、古くからこの問題を取り上げ、是正を求めてきたところですが、今回の法改正により、ようやく5%ルールの撤廃が認められることになりました。加えて、賃金表などを当局に送付する必要がなくなったことも、手続きコスト削減の観点から、実務的には歓迎できる改正であると考えられます。
他方、賃金表などを社内で公表しなければならないことについても日系企業では抵抗感が強いところですが、これについては新法でも引き続き維持されています。
なお、賃金表などを策定するにあたっては、事前に基礎レベル労働者代表組織(社内組合や、新法で新たに認められた一定の手続きを経て結成された労働者の自主組織)からの意見を聴取する必要があります(新法第93条第3項)。
3 賃金の支払いの通貨
新法では、ベトナム人労働者との労働契約において、①労働契約に記載する賃金額の通貨、及び②実際に支払いに用いる通貨、のいずれについても、ベトナムドンを使用しなければならないことを明示しています。外国人労働者との労働契約においては、外貨での合意及び外貨での支払いも可能です(新法第95条第2項)。
現行法ではこのような規定はありませんが、この規制の内容自体は新たなものではなく、現行法の下では、政令第05/2015/ND-CP号第21条第3項及び外国為替に関する法令(国家銀行達第32/2013/TT-NHNN号等)により、同じルールが適用されています。
このルール自体はかなり以前から存在しているものですが、従前はこれに反してベトナム人労働者との間で米ドル建てで賃金の合意をしている例が多く見受けられました。最近では労使双方に外貨建てでの合意及び支払が禁止されていることの認識が広まってきており、このような実務は少なくなってきているのではないかと思いますが、新法でこのルールが労働法に明示されたことで、外貨建てでの合意を要求する労働者に対する説明が容易になったものと思います。貴社でも、違法な外貨建てでの合意・支払をしていないか、今一度ご確認下さい。
なお、上記通達32号によれば、外貨建てで賃金額を記載することだけでなく、外貨相当額や換算レートを記載し、為替レートの変動によりベトナムドンでの支給額が変動するような定め方をすることも違法とされています(単に契約時の外貨相当額を参考として記載するものであれば問題ありません)。新法は単にベトナムドンでの記載・支払を要求しているのみで、ここまで厳格な規制をしているようには読み取れませんが、いずれにせよ通達32号の適用があると解されますので、ベトナム人労働者との賃金の合意については、ベトナムドンのみの記載とすることが望ましいと考えます。