シンガポール:2022年4月1日施行シンガポール国際商事裁判所(SICC)新規則
長島・大野・常松法律事務所
弁護士 梶 原 啓
シンガポール国際商事裁判所(Singapore International Commercial Court)の新規則が2022年4月1日に施行された(以下、「SICC Rules 2021」)[1]。SICCといえば、本年1月、日本の前最高裁判所判事である宮崎裕子弁護士(当事務所顧問)がInternational Judgeに就任したニュースが記憶に新しい。国際商事紛争に特化したSICCにおいては、International Judgeが単独で、また時にはシンガポールの裁判官と合議体を組んで事件を処理することができる上、外国法弁護士が代理人として出廷することも許される。2015年1月のSICC発足以来、その手続はシンガポールの民事裁判手続一般に適用される既存のRules of Courtにより規律されてきたが、今般のSICC Rules 2021はSICC独自の新たな手続規則体系となる[2]。
SICC Rules 2021は、国際商事紛争当事者のニーズに合わせて手続の迅速性・効率性・柔軟性を追求するもので、これまでのSICC実務の維持と変更の両側面を併せ持つ。最も重要な変更の1つが、手続の遅延に対する裁判所の強力な権限を明記したことである。例えば、当事者が裁判所の手続上の指示に従わず審問期日の延期等を生じさせた場合、裁判所は費用負担やその他の制裁を命じることができる[3]。国際仲裁手続においては、手続進行の不公平を理由に仲裁判断が取り消されることを恐れ、仲裁廷が当事者の遅延戦術に対し厳格な態度をとることを躊躇する例が多いといわれる。そのため、SICC長官のQuentin Loh判事によれば、裁判所のこの強力な権限こそが、国際仲裁手続からSICCの手続を差別化するものであるという。
そのほか、SICC Rules 2021のいくつかの特徴を挙げると次のとおりである。
- High CourtのGeneral Division[4]からSICCへの移送申立に両当事者の合意は不要
- 第三者を同意なしに訴訟参加させる裁判所の権限(旧規則下の実務維持)
- 申立手続の一元化と3種類の裁定手続(pleadings adjudication track / statements adjudication track / memorials adjudication track)
- 代替的紛争解決手続(調停等)の活用
- 対象を絞った文書開示手続が原則
- 専門家証拠の提出に裁判所の許可が必要
- 迅速な上訴手続
2022年4月1日以降にSICCにおいて手続が開始した事件に加え、2022年4月1日以降にGeneral Divisionにおいて手続が開始したもののその後SICCに移送された事件にはSICC Rules 2021が適用される。後者の移送申立の検討の局面は実務的にも興味深い。SICCへの移送対象となり得る事件についてGeneral Divisionにおける訴訟対応を求められることも多い日本企業は、事件の特性、代理人チームの国籍・構成、General DivisionとSICCの裁判官の出身・専門知識・個性・傾向、さらにGeneral DivisionとSICCの各手続に見込まれる時間と費用や費用負担のルール等を総合的に考慮して移送申立を検討することが望ましい。例えば、SICCの近時の先例には、多国籍合弁企業の株主間紛争について多数株主に少数株主の数百億円規模の持分買取を命じ、敗訴した多数株主にGeneral Divisionで認められる水準以上の費用の負担を命じたものがある[5]。このような実績に鑑みると、比較的規模の大きい複雑商事訴訟について勝訴の見込みが相当程度見込まれる場合にはSICCへの移送申立を選択肢として持っておくべきであろう。すなわち、SICCへの移送申立の利用可能性は、日本法の解釈についてInternational Judgeの関与を要するような、SICCの適応が想像しやすい場面以外にも潜在的に拡がる。その前提として、上で紹介したSICC Rules 2021の特性に基づき想定されるSICCの手続進行の具体的なイメージを持つことが有用である。
以 上
[2] なお、Rules of Courtも同時期に改正されており、SICCを除くHigh Courtが処理する民事訴訟を規律するRules of Court 2021が2022年4月1日に施行された。
[3] SICC Rules 2021, Order 9, Rule 6 (4) (d).
[4] シンガポールのSupreme CourtはCourt of AppealとHigh Courtから成る。前者が最上級審である。後者のHigh Courtには、Appellate DivisionとGeneral Divisionがあり、SICCはGeneral Divisionの1部門と位置付けられる。
[5] DyStar Global Holdings (Singapore) Pte Ltd v Kiri Industries Ltd and others and another suit [2018] SGHC(I) 06; Kiri Industries Ltd v Senda International Capital Ltd and another [2021] SGHC(I) 16.
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(かじわら・けい)
国際商事仲裁及び投資協定仲裁をはじめとする国際紛争解決を扱う。日本国内訴訟にも深く関与してきた経験をいかし、アジアその他の地域に展開する日系企業と協働して費用対効果に優れた複雑商事紛争処理に尽力する。2013年弁護士登録(第一東京弁護士会)、長島・大野・常松法律事務所入所。2019年ニューヨーク大学ロースクール修了(LL.M. in International Business Regulation, Litigation and Arbitration; Hauser Global Scholar)。Jenner & Block LLPでの勤務を経て、2021年1月から長島・大野・常松法律事務所シンガポール・オフィスにおいて勤務開始。
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