◇SH2452◇タイ:タイにおける一人会社の展望 奥村友宏(2019/04/04)

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タイ:タイにおける一人会社の展望

長島・大野・常松法律事務所

弁護士 奥 村 友 宏

 

 日本においてごく一般的な「一人会社」という会社形態は、タイでは認められていない。筆者の経験上、日本においては、特に、海外の会社の日本子会社の場合にはかなり多くの場合、この一人会社が採用されている。そもそも、一人会社とは、株主が1人の会社のことを意味し、株主を1人とすることで、設立自体が簡易であり、株主総会等その後の管理も株主が複数いる場合と比較して容易に行え、また、会社の売却場面においても売手が1名となるため簡易である等、様々なメリットが存在している会社形態である。タイにおける現状と一人会社の今後の展望について、近年の議論と共に整理したい。

 

1. タイにおける現状

 タイにおける民法及び会社法に相当する法律である民商法典においては、非公開会社の設立に際しては3名以上の発起人が各1株以上を引き受けることが求められており、また、株主数が3名を下回ることは会社の解散事由と定められている。そのため、タイにおいて会社を設立するには、最低3名の株主を用意する必要があり、グループ会社を有しているような日本の会社の場合には、そのグループ会社に一部の株式を保有させ、グループ会社を有していない会社の場合には、代表者や取締役等に一部株式を保有させる場合が多い。

 現状では、この最低株主数を最低3名から最低2名に減少する改正案が内閣において承認されており、その改正が審議されてはいるものの、当該改正案の内閣承認は2016年に行われたものであり、その改正に関する動きは活発とはいえない。

 

2. 一人会社を認める特別法の議論

 上記の民商法典とは別に、一人会社という特別な会社形態を認める特別法(The Establishment of a Private Limited Company by an Individual Person Bill)が、2017年1月24日に内閣により承認され、2018年11月16日から2018年12月3日にかけてパブリックヒアリングにかけられ、現在、タイ商務省にて、その内容が審議中となっている。

 当初、この特別法の草案では、一人会社の株主(草案の文言上は所有者という文言が用いられているが、本稿では便宜上、株主と呼ぶ。)となる者は、「タイ国籍を有する自然人のみ」とされていた。そのため、タイ国籍を有しない外国人からすると、利用することが困難であり、外国人からの注目度は高くなかった。しかしながら、現在の特別法の草案では、この株主の国籍要件が削除されている。そのため、事業の内容や土地の取得に関する外資規制の問題は残るものの、一人会社を外国人が使用することに関する障害が取り除かれ、今後、この特別法がより注目されることになるのではないかと思われる。

 現状の草案における特徴的な点は、以下のとおりである。

  1. ① 会社名に「一人会社」という文言を使用すること。
  2. ② 株式の譲渡に関して、タイ商務省での登録が必要となること。
  3. ③ 一人会社の株主は自然人でなくてはならないこと。

 

3. 一人会社の展望

 上記の議論を踏まえて、一人会社の展望について検討したい。上記①の特徴に関しては、外見として一人会社であることが明らかとなることになるが、それ自体は特段の問題はないように思える。他方で、②の特徴に関しては、単に登録申請を行うということのみであれば問題はないと思われるが、登録するためにタイ商務省から何らかの条件が付されたり、登録に長期間の時間がかかるといった事態が生じることになると、一人会社の売却の際に、一つの障害となることが予想される。特に、一人会社を利用するのは、個人事業家が多いことが想定されることから、エグジットの手段に制約がかかるような規制が導入されると、利用に二の足を踏む場合も出てくるだろう。

 一番の問題は上記③であろう。一人会社の株主が自然人のみとなると、法人の100%子会社としてこの一人会社の制度を利用することはできない。そもそも、この一人会社に関する特別法の主たる目的は、事業を会社組織による有限責任を利用して行いたいと考える個人事業家にタイにおける会社の有限責任というメリットを付与し、個人事業家によるタイにおける事業を活発化させることにある。特に個人で始めることが多いと考えられるスタートアップ企業を誘致するということにあるものと考えられている。その本来の目的を考慮すると、今後、法制度化の過程で、この「自然人」要件が削除されるという可能性は低いと考えられるため、この一人会社に関する特別法が法律となったとしても、日本企業のような外国企業にとって利用価値のある制度とはならない可能性が高いと思われる。

 また、一人会社の展望として注目すべき点として、現状の草案では株主総会に関する項目が存在していない点が挙げられる。草案上では、民商法典において株主総会決議事項となっている事項が、一人会社においてどのような手続きで行われることになるか必ずしも明確ではない。例えば、民商法典上は、原則として株主総会決議事項である取締役の選任や剰余金の配当に関して、一人会社の特別法の草案では取締役に相当すると考えられる経営者という役職は株主の任命とされているが、剰余金の配当については、その手続きが明確ではない。現状、民商法典上は、株主総会を開催する場合、日本の会社法のように書面決議や招集手続きの省略が認められておらず、株主全員の同意があったとしても、株主総会開催の一定期間前の招集通知の送付が必要とされる等、厳格な手続きが要求されている。一人会社において、この株主総会開催(又はそれに相当する決定)に関する手続きについての簡素化がなされるということになれば、一人会社を利用することのメリットは非常に大きくなる。今後の議論の過程で、この点がより明確にされることを期待したい。

 上記のように、1名で設立可能であること、株主総会の簡素化が期待されるという点ではこの一人会社のメリットは大きいものと思われる。しかしながら、上記のとおり、この一人会社の株主には「自然人」要件が存在するため、外国の会社の現地法人として利用することが難しいという大きなデメリットも存在する。可能性としては低いと考えられるものの、この大きなデメリットである株主の「自然人」要件が削除されることになれば、上記メリットを考慮すると、外国の企業が100%子会社を設立する際に非常に使い勝手のよい制度として、その使用が活発となることが想定されるため、この法案の動向に注目したい。

 

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