中国・韓国:日中韓投資協定の発効
長島・大野・常松法律事務所
弁護士 青 木 大
日中韓投資協定(正式名称「投資の促進、円滑化及び保護に関する日本国政府、大韓民国政府及び中華人民共和国政府の間の協定」。以下「本協定」という。)が、各国国内手続を完了して2014年5月17日に発効した。日中・日韓においては既にそれぞれ2国間投資協定(1989年発効日中投資協定・2003年発効日韓投資協定)が存在したが、本協定は日中韓3カ国間におけるさらなる投資促進を目指して2007年から交渉が開始され、2012年5月13日に北京において署名がなされていたものである。
本協定においては、投資受入国が投資協定上の義務を履行せず、投資家が損害を被った場合に、投資家自身が投資受入国を相手方として国際仲裁を提起することができるという、いわゆるISDS(Investor-State Dispute Settlement)条項が盛り込まれている(本協定15条)。旧日中・日韓投資協定にも同様の規定は存在したものの、旧日中投資協定においては、その対象が投資受入国により収用が行われた場合の補償の「額」に関する紛争のみに著しく限定されていた。本協定において、ほぼ全ての投資協定上の義務がその対象とされた点が、特に対中投資保護の観点から大きな前進といえる。
例えば、本協定において、投資受入国は投資家に対して「公正かつ衡平な待遇」及び「十分な保護及び保証」を与えなければならないという義務を負うが(本協定5条1項)、仮に日系企業が中韓においてデモや暴動等により損害を受けた場合、同条項違反を根拠として損害賠償を求める国際仲裁を提起することも選択肢となり得る。実際に本協定違反を問えるかについては事案に即した検討が必要であるが、国家が警察権を適切に行使すべき場面で行使しなかったことを理由として投資協定違反が認められた過去の投資仲裁事例も実際に存在する(Wena Hotels対エジプト、Case No. ARB/98/4)。
また、本協定は、投資受入国との間の契約違反を投資協定違反として投資仲裁を提起することを可能とするいわゆる「アンブレラ条項」も盛り込まれている(本協定5条2項)。当該規定は、旧日中・日韓投資協定には含まれていなかったものである。「アンブレラ条項」(約束遵守条項などと訳される場合もある)は、契約違反を投資協定違反にいわば格上げして、より透明性の求められる投資仲裁の場でその解決を図ることを国家に対して迫ることを可能とし得るもので、その解釈は未だ完全に定まっているものとは言い難いものの、少なくとも対国家機関との交渉においては有力なツールとなる場合がある。
また、透明性確保のための措置として、各国は、①投資活動に関連する又は影響を与える法令や行政手続等を速やかに公表又は公に利用可能なものとし、②法令を導入変更する場合は合理的な猶予期間をおくように努め、③投資に関する規制を設定する前にはパブリックコメントの機会を事前に与えなければならないといった義務を負う(本協定10条)。
さらに、知的財産権の保護について、各国は、①自国の法令に従って知的財産を保護する義務を負い、また②知的財産権に関する透明な制度を確立・維持する義務を負うといった規定が特に盛り込まれた(本協定9条。ただし、上記②の義務違反については前述のISDS条項は適用されない。本協定15条12項。)。
以上を含め、本協定により中韓(特に中国)への投資保護は総じて強化されており、中韓への投資事案について問題が生じた場合に、契約上の救済方法に加え、投資協定上の保護を求めるかどうかという観点からの検討が必要となる場合も今後さらに増えてこよう。なお、本協定の発効前に生じた事態に起因する請求については、本協定は適用されない点には注意が必要である(本協定27条7項)。