◇SH3838◇事例から学ぶサステナビリティ・ガバナンスの実務(5)―東急不動産ホールディングスの取組みを参考に― 森田多恵子/安井桂大(2021/11/25)

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事例から学ぶサステナビリティ・ガバナンスの実務(5)

―東急不動産ホールディングスの取組みを参考に―

西村あさひ法律事務所

弁護士 森 田 多恵子

弁護士 安 井 桂 大

 

 旬刊商事法務2279号(11月25日号)に掲載された「サステナビリティ委員会の実務」では、第5回目として東急不動産ホールディングスの取組みを紹介した。本稿では、東急不動産ホールディングスの取組みを参考に、ミッションの明確化によるサステナビリティ経営の推進とサステナビリティ課題を収益機会として捉えた事業戦略の策定、さらにはESG債の発行による資金調達の取組みについて解説する。

 なお、サステナビリティ委員会を設置する意義やサステナビリティ経営を実現する意思決定プロセス全体の構築、重要課題(マテリアリティ)の特定とPDCAサイクル、事業戦略・個別案件への組込み等に関する実務上のポイントについては、「事例から学ぶサステナビリティ・ガバナンスの実務(1)(2)(3)(4)」(2021年8月12日・8月25日・9月6日・9月15日掲載)を参照されたい。

 

1 ミッションの明確化によるサステナビリティ経営の推進

 東急不動産ホールディングスにおいては、本年5月に長期ビジョン「GROUP VISION 2030」を公表しており、その中では「WE ARE GREEN」のスローガンが掲げられている。グリーンのグラデーションで示されたこのスローガンは、グループ全体が今後進んでいく方向性を示す旗印として掲げられ、気候変動問題を含めた環境面への取組みはもちろん、不動産事業を通じた多様なライフスタイルの創造など、グループ全体で取り組んでいく多様な取組みが表現されたものとなっている。また、長期ビジョンの策定に当たっては、グループの理念も体系的に再定義され、想定するステークホルダーに新たに未来社会も加えつつ、そうした「あらゆるステークホルダーの満足度の総和が企業価値になる」という考え方が明確化されている。

 自社またはグループ全体でサステナビリティ経営を推進していく際には、こうしたミッションの明確化が一つの重要なポイントになる。日本企業においては、多くのステークホルダーに向き合った取組みが企業文化として受け継がれてきている企業も少なくないと思われるが、そうしたものを「サステナビリティ」に紐付けて言葉として明確に示すことで、自社の取組姿勢を社内にあらためて共有・浸透させ、サステナビリティ経営を進めていくための推進力を得ることができるものと考えられる。こうした取組みは、社外に対して自社の取組姿勢を「見える化」することにもなるため、社内に限らず、社外も含めた様々なコラボレーションを促進する効果も期待できる。

 

2 サステナビリティ課題を収益機会として捉えた事業戦略の策定

 東急不動産ホールディングスにおいては、サステナビリティを収益機会として捉えた事業戦略が策定されている。例えば、長期ビジョンでも柱の一つとされている「環境経営」については、日本国内60箇所以上で営まれている再生エネルギー事業のさらなる拡大・推進や、使用するエネルギー面等にも配慮したグリーンビルディング(環境不動産)の開発に力を入れていく事業戦略が策定されており、環境関連ビジネスを収益化していく姿勢が明確に打ち出されている。また、「魅力ある都市のプロデュース」についても、時代とともに変化する社会課題や多様化する生活シーンを想定し、住まい方・働き方・過ごし方という3つの領域を融合させ、理想のライフスタイルを実現していくための提案を通じて、新しい価値を創造していく戦略が示されている。

 サステナビリティをめぐる課題への取組みに際しては、関連するリスクを適切にコントロールしていく対応のみならず、サステナビリティ課題に関連する社会のニーズを収益機会として捉え、自社の中長期的な企業価値の向上を実現していく観点から、事業戦略にそうした収益機会への取組みを組み込んでいくことが求められる。本年6月に改訂されたコーポレートガバナンス・コードでは、サステナビリティを巡る課題については、中長期的な企業価値の向上の観点から取組みを進める必要があることが強調されており(補充原則2-3①補充原則4-2②参照)、こうした趣旨が反映されている。

 東急不動産ホールディングスにおいては、同社の強みとなっている従前からの再生エネルギー事業への取組みを中核事業である不動産事業とも組み合わせること等を通じて、さらなる競争力の強化に繋げていくことを目指した事業戦略が策定されており、サステナビリティ関連ビジネスを収益化していく姿勢を明確に示した「攻めのサステナビリティ対応」が実践されている例として、多くの企業にとって参考になるものであると思われる。

 

3 ESG債の発行による資金調達

 東急不動産ホールディングスにおいては、本年9月にESG債の長期発行方針「“WE ARE GREEN” ボンドポリシー」を策定しており、具体的には、社債発行における一定量を外部評価機関からの評価を取得したESG債に置き換え、現状では1割強に留まっている社債残高に占めるESG債比率を、2025年度末に50%以上、2030年度末に70%以上まで引き上げることを目指す方針が掲げられている。

 ESG投資の潮流がグローバルに広がる中で、その対象資産も広がりを見せており、ESG債の発行額は、2020年にはグローバルで5000億ドル超まで拡大している。そうした中、企業においてサステナビリティ対応に要する資金を手当てしていく際には、ESG債の発行による資金調達も一つの有力な選択肢になりうる。

 東急不動産ホールディングスにおいては、グループ全体でサステナビリティ経営を推進することで、機関投資家や銀行等から長く投融資できる先としての評価を高めることに成功しており、その結果として、一般的な社債よりも有利な条件でESG債を発行し、必要な資金を調達することができるようになっている。サステナビリティへの取組みが資金調達の面でも強みになりうるという点は、これから同様の取組みを進めていく企業にとっても、重要な示唆になるものであろう。

 

 旬刊商事法務の連載「サステナビリティ委員会の実務」では、次回も、サステナビリティ委員会を設置し、効果的にサステナビリティ戦略を実践している企業の取組みを紹介する。本ポータルでも、同連載と連動した企画として、そうした企業の取組みを参考に、解説記事を掲載することを予定している。

以 上

 


(もりた・たえこ)

西村あさひ法律事務所弁護士(2004年弁護士登録)。会社法・金商法を中心とする一般企業法務、コーポレートガバナンス、DX関連、M&A等を取り扱う。消費者契約法、景品表示法等の消費者法制分野も手がけている。主な著書(共著含む)として、『持続可能な地域活性化と里山里海の保全活用の法律実務』(勁草書房、2021年)、『企業法制の将来展望 – 資本市場制度の改革への提言 – 2021年度版』(財経詳報社、2020年)、『デジタルトランスフォーメーション法制実務ハンドブック』(商事法務、2020年)、『債権法実務相談』(商事法務、2020年)など。

 

(やすい・けいた)

西村あさひ法律事務所弁護士(2010年弁護士登録)。2016-2018年に金融庁でコーポレートガバナンス・コードの改訂等を担当。2019-2020年にはフィデリティ投信へ出向し、エンゲージメント・議決権行使およびサステナブル投資の実務に従事。コーポレートガバナンスやサステナビリティ対応を中心に、M&A、株主アクティビズム対応等を手がける。主な著作(共著含む)として、『コーポレートガバナンス・コードの実践〔第3版〕』(日経BP、2021年)、「改訂コーポレートガバナンス・コードを踏まえたサステナビリティ対応に関する基本方針の策定とTCFDを含むサステナビリティ情報開示」(資料版商事法務448号、2021年)など。

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