事例から学ぶサステナビリティ・ガバナンスの実務(6)
―東京エレクトロンの取組みを参考に―
西村あさひ法律事務所
弁護士 森 田 多恵子
弁護士 安 井 桂 大
旬刊商事法務2287号(2月25日号)に掲載された「サステナビリティ委員会の実務」では、第6回目として東京エレクトロンの取組みを紹介した。本稿では、東京エレクトロンの取組みを参考に、事業目線を強く意識した重要課題(マテリアリティ)の特定とバリューチェーンにおけるマテリアリティの推進、さらにはサプライチェーン全体でのサステナビリティへの取組みについて解説する。
なお、サステナビリティ委員会を設置する意義やサステナビリティ経営を実現する意思決定プロセス全体の構築、重要課題(マテリアリティ)の特定とPDCAサイクル、事業戦略・個別案件への組込み、ESG債の発行による資金調達等に関する実務上のポイントについては、「事例から学ぶサステナビリティ・ガバナンスの実務(1)・(2)・(3)・(4)・(5)」(2021年8月12日・8月25日・9月6日・9月15日・11月25日掲載)を参照されたい。
1 事業目線を強く意識した重要課題(マテリアリティ)の特定
東京エレクトロンにおいては、重要課題(マテリアリティ)を軸としてサステナビリティへの取組みが進められている。具体的には、①強い次世代製品を創出する「製品競争力」、②唯一無二の戦略的パートナーとなる「顧客対応力」、③経営効率向上の継続的な追求による「生産性向上」、及び④それらを支える「経営基盤」の4つを、マテリアリティとして特定している。「経営基盤」には、事業活動を根底で支える安全や品質に加え、コーポレートガバナンスやコンプライアンス、リスクマネジメント、環境の保全、人権の尊重、ダイバーシティ&インクルージョン等の多様な取組みが含まれる。
経済価値と社会価値の両輪をともに上げていくことで企業価値を向上させていくという会社の基本的な考え方の下で、中長期的に競争優位性を確保していく観点からサステナビリティ課題を捉え、事業目線を強く意識してマテリアリティが特定されている。昨年改訂されたコーポレートガバナンス・コードでは、サステナビリティを巡る課題については、中長期的な企業価値の向上の観点から取組みを進める必要があることが強調されているが(補充原則2-3①、補充原則4-2②参照)、そうした取組みを進める上では、このように事業目線を強く意識しながらマテリアリティを特定していくことが、まずもって重要になるものと考えられる。
2 バリューチェーンにおけるマテリアリティの推進
東京エレクトロンにおいては、特定されたマテリアリティを、研究開発、調達・製造、販売、据付・保守サービスという4つのプロセスで成り立つ、付加価値を生み出すバリューチェーン全体で推進している。具体的には、革新的な技術を備えた付加価値の高いBest Productsを創出するための研究開発を通じて「製品競争力」を追求し、そうした製品をタイムリーかつ継続的に供給しつつ、さらに付加価値の高い保守サービスをあわせて提供していくこと等を通じて「顧客対応力」を向上させていく取組み等が行われている。また、環境の保全や人権の尊重といった「経営基盤」に関する取組みも、バリューチェーン全体で推進されている。
中長期的に企業価値を向上させていくためには、自社の強みを活かした競争優位性の高いビジネスモデルを構築し、バリューチェーン全体で価値を創造していく必要があるが、サステナビリティに関する取組みも、そうしたバリューチェーンを構築する各プロセスに組み込まれていくことが望ましい。具体的なバリューチェーンの内容は会社ごとに異なっているものと思われるが、そうした視点を持ちながらサステナビリティ課題に取り組んでいくことで、より効果的に中長期的な企業価値の向上に結びつけていくことが可能になるものと考えられる。東京エレクトロンの取組みは、多くの企業にとって参考になるものであると思われる。
3 サプライチェーン全体でのサステナビリティへの取組み
東京エレクトロンにおいては、環境や人権に関する取組み等を含めたサステナビリティに関する取組みが、自社やグループ会社のみならず、その取引先によって構成されるサプライチェーン全体で推進されている。具体的には、取引先におけるサステナビリティに関する取組状況を把握するために、RBA(Responsible Business Alliance)が定める行動規範に基づく監査基準を用いたアセスメントを毎年実施しており、そのアセスメント結果を分析し、各取引先に対して個別にフィードバックを行うことで、課題の解決に向けた是正への取組みが進められている。
企業を取り巻く重要なサステナビリティ課題の中には、自社やグループ会社だけでなく、サプライチェーン全体で取組みを進める必要がある課題が少なくない。例えば、コーポレートガバナンス・コード補充原則2-3①でも重要な課題の一つとして例示されている人権の尊重については、2011年に国連人権理事会において採択された「ビジネスと人権に関する指導原則」の下、サプライチェーンを含めた人権デューデリジェンスの実施が求められている。また、コーポレートガバナンス・コード補充原則3-1③でプライム市場上場会社に対して求められているTCFD開示においても、サプライチェーンを含めた温室効果ガス排出量の把握等の対応が求められる。
こうした取組みを進める上では、サプライチェーンを構築する取引先の理解を得ることが欠かせないが、東京エレクトロンにおいては、例えば環境の保全については「E-COMPASS(Environmental Co-Creation by Material, Process and Subcomponent Solutions)」という取組みの下でサプライチェーン全体でのパートナーシップを推進しており、また、取組みの実効性を確保していく観点から、各取引先との間の契約書等において、取組みへの協力を確認する対応等も進めている。こうした一連の取組みや実務上の工夫も、多くの企業にとって参考になるものであると考えられる。
旬刊商事法務の連載「サステナビリティ委員会の実務」では、今後も、サステナビリティ委員会を設置し、効果的にサステナビリティ戦略を実践している企業の取組みを紹介していく。本ポータルでも、同連載と連動した企画として、そうした企業の取組みを参考に、解説記事を掲載することを予定している。
以 上
(もりた・たえこ)
西村あさひ法律事務所弁護士(2004年弁護士登録)。会社法・金商法を中心とする一般企業法務、コーポレートガバナンス、DX関連、M&A等を取り扱う。消費者契約法、景品表示法等の消費者法制分野も手がけている。主な著書(共著含む)として、『持続可能な地域活性化と里山里海の保全活用の法律実務』(勁草書房、2021年)、『企業法制の将来展望 – 資本市場制度の改革への提言 – 2021年度版』(財経詳報社、2020年)、『デジタルトランスフォーメーション法制実務ハンドブック』(商事法務、2020年)、『債権法実務相談』(商事法務、2020年)など。
(やすい・けいた)
西村あさひ法律事務所弁護士(2010年弁護士登録)。2016-2018年に金融庁でコーポレートガバナンス・コードの改訂等を担当。2019-2020年にはフィデリティ投信へ出向し、エンゲージメント・議決権行使およびサステナブル投資の実務に従事。コーポレートガバナンスやサステナビリティ対応を中心に、M&A、株主アクティビズム対応等を手がける。主な著作(共著含む)として、『コーポレートガバナンス・コードの実践〔第3版〕』(日経BP、2021年)、「改訂コーポレートガバナンス・コードを踏まえたサステナビリティ対応に関する基本方針の策定とTCFDを含むサステナビリティ情報開示」(資料版商事法務448号、2021年)など。